祖国のためではなくT


その時、国家は一触即発の緊張状態にあった。隣国同士の領土問題と絡み合い、敵の敵は友好国、と遠く離れた国同士が連盟を結ぶものの、それがいつ裏切られるともしれない、緊迫した国際関係。

降谷暁の生まれ育った祖国もまた、自国の領土を守り、また拡大しようと懸命にもがいていた。

そんな中で、陸空海軍合同軍事演習が、隣国との国境線近くにある列島で行われる事となった。無論、隣国を威嚇する目的があるのだが、演習とはいえ、国境を越えてしまえば戦争が勃発してしまう。予断の許されない演習は、国家の威信をかけた大規模のもので、それぞれの軍の生え抜きが集結していた。

だが、陸空海軍とも、海軍の保有する軍艦にて航海中、事件は起きる。


「少尉、湯浴みはもうよろしいんですか?」

降谷が、ふわふわに洗い上げたタオルを広げて、全裸でシャワールームから出てきた御幸を迎える。

「んー、先は長そうだからなあ。節水節水」

石鹸の柔らかい香りに包まれた御幸に見惚れながらも、降谷は優しく水滴を拭き取っていく。御幸の世話係をして一年。もう慣れたものである。

「予定より、長引きそうだということですか?」

「こらこら、滅多な事を言うもんじゃない」

降谷がシャツを掲げると、御幸も腕を伸ばして袖を通す。

「でも、どうにも胸騒ぎがします。少尉が、こんな昼間に湯浴みされるのも、珍しいですし……」

「動物の勘か?意外と当たるかもしれないなあ」

「いえ、そういう、わけではなく…」

ズボンを履き、降谷がベルトを締めると、御幸がまた腕を伸ばした。上着の着用を促している。降谷は急いでそれを着させると、御幸がその場の椅子に腰を下ろした。

「はっきり言っても構わんぞ、准尉」

「………」

降谷に軍足を履かせながら御幸は不敵に笑った。

「ですが…」

「オレとお前の仲だ、遠慮するな」

軍靴の紐を結ぶ手を降谷は止めた。御幸と降谷の仲。士官学校時代、一つ下の後輩だった降谷は御幸に憧れ、先パイ先パイ、とその後ろをついて回った。そんな降谷を煙たがる事なく、御幸は降谷を可愛がった。御幸が、海軍の成宮鳴の持つ卒業後最速で少尉になった記録を一週間縮めて少尉になると、少しでも御幸の傍近くに仕えたいという降谷の願いが叶ったのか、准尉に昇進、それ以来片時も離れず甲斐甲斐しく世話係を続けている。

本来であれば、着替えの手伝いなど、下士官が担うべき仕事なのであるが、御幸は敢えてそれを降谷に命じていた。降谷の、御幸に対する想いを知っていて、である。

既に御幸は、その男社会にあって匂い立つような禁欲的な色気を放ち、容貌も美しいために、上級階級のお手付きであった。そんな価値ある妖艶な肢体を、御幸は気まぐれに降谷に許す事もしばしばだった。最初は過ぎる憧れのあまり、遠慮していた降谷であったが、最近に至っては、物欲しそうに見つめてしまい、そのまま事に及んでしまう事もあった。

そんな仲の、御幸と降谷である。

「……海軍の、動きが怪しい、と思います……」

「はっはー、さすがオレの見込んだ男だ、鋭いじゃん」

「わ、笑い事ではありません」

「降谷」

御幸はにいぃっと口角を上げて笑った。

「手、動かして」

「も、申し訳ありません」

降谷が急いで紐を通していく。御幸はそのさらさらの絹のような黒髪を指で掬い上げて手に馴染ませ遊んだ。

「降谷、よーく、聞いとけよ」

御幸が降谷に至近距離で耳打ちする。

「この合同軍事演習には、裏がある。……国境の向こう側には、隣国の艦隊が待機している。少しでも砲弾が飛んでみろ、連盟の条約を破ってわが国は戦争状態になる。だがもし、この中に裏切り者がいたとすれば…?」

「……少尉……」

聡い降谷は御幸の言いたい事の半分は理解した。

「でも、どうして彼らが、そのような事を。何の得になると言うんですか……?」

「おいおい、アイツらが直接手を出すわけないだろう?アイツらは国家元帥からの信頼厚い我々陸軍を憎んでる。だから、我々陸軍に手を出させるつもりなんだろうよ」

「そんな事、ありえません…!我々が策に嵌るなど、」

「熱くなるな、降谷。でも、もし、だ。空軍が、海軍に味方したらどうなる?」

「……!!」

降谷は目を見開いて御幸を見上げた。御幸は相変わらず、不敵な笑みを湛えている。

「ま、大丈夫だ。オレ達はそんなヘマはしない。密命もいただいている。片岡大佐の名を汚すような事は絶対にない」

片岡は、みなしごだった御幸の育ての親のような存在であり、国家元帥から最も信頼の厚い部下である。今回陸軍の指揮を執るのは皮肉にも片岡なのだ。

「中尉……」

「だが、気をつけろよ。足元をすくわれたら終わりだ。まあ、アイツらもよくくだらねえ内紛なんかに本気になれるよ」

御幸がパンパン、と胸を叩いた。これは、左胸に略綬(勲章である胸章の簡略化したもの)を付けさせる合図である。授与式の時、尊敬する片岡に直接つけてもらった事もあって、御幸はこの略綬をとても大切にしている。降谷にもそれはよく分かっていた。

「御意」

降谷が丁寧な所作をもって略綬を着けると、御幸は立ち上がった。

「じゃあまあ、敵情視察も兼ねて、成宮中尉のところに行ってくる」

「!」

降谷は思わず身構えて御幸の前に出た。

「上官の通路を塞ぐとは、失礼なヤツだな」

「も、申し訳ありません。ですが、危険です。私もお供に…!」

御幸は微笑んで、白い手袋の指先で降谷の頬を撫でた。

「命令なんだ。一人で来るように呼び出された」

「それは明らかに罠です!」

最速の出世街道を駆け上る成宮鳴の悪名の高さは陸軍にも轟いている。

「大丈夫だ。オレとあいつの仲だし」

「ですが…」

「ま、ちゃんと体も洗ったし、アイツの機嫌を損ねる事はないだろ」

御幸がウィンクして降谷の胸板を叩くと、もう降谷にはどうする事もできなかった。

「早く、お戻りになってください……」

「善処するさ」

降谷がこうべを垂れると、御幸は振り返る事なく自室を後にしたのだった……


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祖国のためではなくU

誕生日プレゼントを下さるというありがたい申し出に乗っかってしまいました!
もっと軽い小ネタ的な感じかと思ってたらすごく凝った設定で…
こんな立派な小説を頂いてしまうとは…!
ネタバレになっちゃうから詳しくは書けないですが、なんと舜臣も出てきます!
私がしゅんみゆ好きの子なので出してくれたそうで…うわあああ!舜臣!うれしい!!ヽ(>▽<)ノ
栗原さん、素敵なプレゼントありがとうございました!

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