気晴らしに外に出てみた。といっても庭に行くだけなんだけど。今日はお兄様も居ないし藤田も居ない斯波さんも来ないし、秀雄さんも来ない。つまり、今日私は暇だった。

庭に着くと、乾いていた空気が湿り気を含んだ空気に変わった。それは何故か。答えは簡単だ。私はその答えの後ろ姿を捉え、足音をなるべく立てないように慎重に近付く。それは私に気付かず、綺麗に咲き誇った花達に水をやっていた。ジリジリと距離を詰め、理想的な位置にまでやって来た。でも気付かない。もしかして私には忍者の素質があるのかもしれない、とか馬鹿な事を考えて少しにやけた。そして、それの驚く顔を見て笑ってやろうと目論みつつ息を吸って大声を出そうとしたその時、

「…はぁ、まったく。俺が気付いてないとでも思ってましたか、姫様?」

呆れた声と共に呆れた表情をした真島がこちらに振り向いた。驚かそうとしていたのに逆にこちらが驚かされて、大声となる筈だった空気が声にすらならず吐き出された。この時余程間抜けな顔でもしていたのか、真島がぷっと噴き出した。

「っな。きっ、気付いていたなら途中で声を掛けるなりしてくれたっていいじゃない!」
「いや、なんか真剣そうだったので悪いかなと思って、つい。ふっ、くく、すみませ…っはは!」

すみませんと謝りながら、尚も笑う真島。絶対にすみませんと心から思ってなさそうだった。だが、無邪気に笑う顔は私の年上に見えないくらい綺麗で、これはこれで得だったと前向きに考えてもいいのかもしれない。が、いくらなんでも笑い過ぎな気がする。

「もうっ、そこまで笑う事ないでしょ!この、意地悪真島!」
「ふふ、っと…あー。はい、すみません姫様。もう笑いませんから、拗ねないで下さいよ」

悪びれた様子もなく笑顔で言う。この笑顔で私以外のどれだけの女の人をきゅんとさせてきたのか。手の指、それに足の指を足したって届かない人数なのだろう。しかも自覚がないらしいから厄介というか質が悪いというか。とりあえず、俗に言う罪な男というのは真島みたいな人間の事を言うんだろう。斯波さんもお兄様も罪な男の部類なのだろうけど、こっちは自覚がある分、違う意味で質が悪い。

「こんな事で拗ねないわ、もう子供じゃないんだから。…何故私が後ろに居ると判ったの?」
「砂利を踏む音が聞こえましたから。その音を聞き逃す程、俺の耳はまだ遠くないですよ」
「下が砂利じゃなければ真島を驚かす事が出来たのね…」

私にだって一応意地はある。出来心ではあるけれど、失敗して笑われたままじゃ自尊心が許さない。こんな仕様もない事ではあるけど、やはりここは真島を心の底から驚かせたい、先刻と同じ方法で。何が駄目だったか、それは砂利だ。確かにいくらゆっくり歩いても砂利の音は聞こえる。私だって聞こえてたんだから。じゃあ、砂利じゃない場所で機会があれば、今度こそ成功するんじゃないかろうか。場所も時も限られるけれど。藤田が居ると姫様はうんたらかんたらと煩いから、なるべく藤田が居ない時に…とすると、

「んー。別に地面が砂利じゃなくても、多分判ると思うけどなぁ」

私の幼稚な計画擬きを遮るように、真島は呟く。え?と間抜けな声を上げて真島へ視線を向けると、明後日の方へ向いていた視線がこちらを向き、私の視線と絡んだ。そして微笑んで言う。

「だって俺にとって、大切な姫様ですから。誰かと間違える事もなく、足音とか声とかなくても、俺には姫様だって一発で判りますよ」

自慢じゃないですがね、そう言って照れを隠すように真島は笑った。いきなり何を言うんだこの男は。体の中を巡る血が、まるで沸騰したかのように体が熱い。判ってる、これは真島お得意の女をきゅんとさせる言葉だという事くらい。どうせ似たような言葉を他の女にも吐いてあげてるんだ、どうせ。なのに、頭では判っていても心は最早戦闘不能だ。始まってすらいない戦闘に敗北したかのような、でも心地好いような。それはきっと、絡まって解けない紐に束縛された、所謂オトメゴコロというやつだ。こんな真島にとっては平常運転な言葉に簡単にきゅんとなる辺り、私は自分でも嫌になるくらい単純だ。恋って恐ろしい。

「って、あれ、姫様?どうしました?…もしかして気分でも悪いですか?」
「いっ…いえ、何でもないわ!えっと…今日は、アレねっ、暑いわね!」
「え?…ああ、そうですね。ジメジメしてない分過ごしやすいですが」
「そっそうね…!」

不自然な振りにも、何も言わず応えてくれた。優しい人。そして実は狡い人。兎の皮を被った狼、とまではいかないけど、優しさという薄皮を被った狡い人だと私は思う。本当に優しい人なら意地悪な事も言わないし、何より人の心を翻弄なんてしない、と思うから。なんて。どうせ当の本人は無自覚なんだろうけど。そこが好きで嫌い。そんな矛盾が甘ったるい。舌が痺れるくらい。

「…あのね真島」
「はい、何ですか」
「私暇なの。だから此処に居てもいいかしら?」
「え。でも何もないですよ?花と野菜と俺しか」
「だから、よ。それとも、私が居ちゃ迷惑?」
「…、いえ。寧ろ歓迎しますよ」

熱くもなく、冷たくもなく、ただ温い。ずっと浸かってると肌寒いくらい。そんな空間が甘ったるい。胸が裂けそうになるくらい。


微温湯に浸かった巣

時間軸は謎です。
兎に角、砂糖水が鼻から出てきそうなくらい甘い(わたし的に)
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