あの日から

 赤馬零児の用意した部屋は広く、レジスタンスを自称するものの生活する部屋には似つかない。とても静かで穏やかで、嵐の前のそれではなくこれからも続いていくと思えるそれだ。この部屋に限らずスタンダードは穏やかでエクシーズ次元や融合次元での出来事が夢物語のように感じられる。かつてのハートランドと変わらないその姿に隼は懐かしさと何も知らない緊張感の無さにもどかしさを感じた。赤馬零児はこの街を守るために色々と策を打っているがアカデミアが本気で侵攻してくれば止める事は出来ない、かつて故郷を失いいくつもの戦場を見てきた隼には確信めいたものがあった。
 物思いにふける中デュエルディスクが鳴り隼は現実に引き戻された。画面には赤馬零児と表示されている。大企業の社長にこうたびたび連絡をよこされるのは慣れない。
「何だ?」
「今部屋にいるか?今からそちらに向かう」
「分かった」
 この部屋に連れてこられた日から彼は何度もこの部屋に足を運んできた。下に部下を待たせているのだろうがこの建物のセキュリティーが厳重なのだろう。身を守るためのセキュリティーだが今は異次元の人間の監視にも一役買っている。こう監視される生活もあと少しで終わる、そう思うとここに来た日の事が思い出された。
 LDSの三人とデュエルした後零児の黒い高級車に乗せられて連れてこられた所は、いかにもお高そうな高級マンションであった。
「どういう事だ?」
「付いて来い」
 外で話す気はない、中島はそういう態度を隠さず隼と零児の前を歩き誘導した。長い廊下を歩き部屋に入ってからようやく零児は喋り始めた。
「今日からここが君の部屋だ。一通りのものはそろっている。好きなように使ってくれ」
「確認しておくが、一時的に手を組むといっても仲間になるわけじゃないからな」
「分かっている。ただLDSの一員として振る舞ってもらう以上こちらの世界でも体裁を整えてもらう必要がある」
「LDSの一員?」
 LDSといえばあの骨のないデュエリストたちの所属する塾、そのような印象が強い隼は顔をしかめた。そういった集団に仮といえ属するのは気持ちのいいものではない。それに自分に反感を持っている生徒もいるのにどうするつもりだ、そう疑問を浮かべた隼に何とでもないように零児は言った。
「彼らはこちらで手を打っておく、気にしなくていい。君は作戦通りに動いてくれたらそれでいい」
「具体的にその作戦を教えろ。俺は何をすればいい」
 赤馬零王に息子を人質に瑠璃を取り戻すという計画に軌道修正を加えなくてはいけない可能性が出てきた今時間を無駄にはしたくない、その焦りを知ってか知らずか零児は落ち着きを崩さず続けた。
「今日はもう遅い。それにこちらにも君を迎え入れる準備も必要だ。しばらく待機しておいてくれ。必要があればこれも使うといい」
 零児はクレジットカードを差し出した。無一文の哀れなレジスタンス、そう思われているのかと一瞬怒りを覚えたものの零児の表情から人を小ばかにしたような感じは受けない。着飾ってはいないが雲の上の人である、そうひしひしと感じさせられた。
「こちらの世界のシステムは任せてしまうがそこまでしてもらう義理もない。結構だ」
「君のしたいようにすればいい。万が一の保険だ。ではそろそろ帰らせてもらう、仕事がたまっているからな。デュエルディスクを貸してくれ、私の番号を登録しておく」
 細かな作業を終わらすと零児と部下達はすぐに帰った。一人広い部屋に残された隼はソファーに腰を下ろし目をつむった。もし赤馬の言っている事が正しいなら今までしてきたことは何の意味も無かったことになる。瑠璃が無事なのかも不明な今、どれくらい時間が残されているのか分からない。零児とのデュエルのために手を組むしかない現状がもどかしかった。
 赤馬はいつも通り一人で部屋に尋ねてきた。
「よくここまでくる余裕があるな。案外暇なのか?」
 もう大会開催も目前だというのに相変わらずすました顔で部屋を訪ねてくる赤馬に皮肉がこぼれた。
「そんな訳はないだろう。不備があればこれまでの計画が水泡に帰すからな、確認作業に追われている。何か変わった事や気付いた事は無いか?万全の体制で大会に臨みたい。細かなことでも言ってくれ」
「不自由ではないが窮屈だ。LDSはこちらの次元ではエリート集団なのだろうけれど腕も意志も弱い。相手をするのも飽き飽きする」
「背負っているものが違いすぎるからな、致し方ない」
「大会をしたところでこの次元に腕の立つデュエリストがいるのか疑わしいな。この中から強いデュエリストを選抜するという計画が上手く進むとは思えん」
 そんな事は零児自身がよく分かっているだろう。いつものように毅然と言い返されると構えていたが予想に反して零児は隼に勧められるまま椅子に腰かけた。
「この世界は君のかつての故郷と同じだ、デュエルはデュエルでしかない。これでも以前よりは大分ましになってきた。それに君も上手く振る舞ってくれているじゃないか。予想以上だ」
「これはオレの計画でもあるからな。わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「電話だと情報が漏れるかもしれないからな。リスクは最小限に減らしておきたい」
「社長自ら動いてご苦労なことだ。部下や仲間が沢山いるのだから任せればいいじゃないか」
「数は多いが核心まで伝えているのは少数だ」
 仲間も完全に信用出来る訳じゃない、立場上致し方が無いのだろうが暗にそう言った零児に隼は驚きを隠せなかった。仲間を信用出来なければ仲間を守ることも命がけで戦う事も出来ない、そう信じて動いてきた零児にとってそうではない。どうしてこの世界を守るために必死になれるのか、そう疑問が浮かんでも聞けるものではない。何でもないように口をつぐんだ。
「情報というのは知らないうちに漏れるものだからな」
「そんな情報を敵の俺に教えていいのか?オレが他に漏らしたらこの計画も崩れてしまうだろう」
「仲間の為に異次元にまで来て必死で動いている君が計画を潰すような真似をすると思えない。君の仲間たちも同じだろう。数は少なくとも君たちのその結束は真似できない武器だ」
「どうした今日はやけにお喋りじゃないか?」
 普段は必要最小限の事しかしゃべらないのにこうはやけに口数が多い。普段と違う様子にもしかしたら零児も疲れているのかも、そう感じた隼はじっと見つめた。いつもと同じように余裕を浮かべた表情だがどこか影を感じる。さすがに疲れも感じるのだろう、そうと見せないように努める姿に隼はトップとしてのプライドや責任感を感じた。
「そんな事は無い」
 ここまでだ、というように零児は椅子から立ち上がり帰り支度をした。
「成功を祈って祝杯といこうじゃないか、と言いたいところだがそうはいかないな」
「最終的な勝者はオレだからな」
「私だって負ける訳ないだろう?」
 そう言いながら赤馬は出て行った。
 何故大企業の社長が構ってくるのか謎だったが何となく分かった。大勢に囲まれても零児は孤独なのだろう。オレに自分を重ね合わせていたのか、そう気付いた隼は赤馬という人物に、その人間味に心が魅かれていくのを感じた。けれど彼は取引の駒に過ぎない。車に乗り会社に帰っていくだろう零児を見ながら刻一刻と迫る大会に集中しよう、そう大きく息をした。



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