Trick or treat

ベッドの上でカードを見ていた遊矢は窓を叩く音に気が付いた。虫でも当たったのかと顔を上げると、見慣れたシュルエットが目に入って来た。
「素良!?」
 もうすぐ日付が変わる時間だ。こんな夜中にどうしたのかと思いつつそっと窓を開け招き入れた。ついこの間まで夏だと思っていたのにもう夜はずいぶんと冷える。外にいた素良も平気そうな顔をしているが、普段より顔色が白っぽく見えるのは月明りのせいだけではないだろう。
「Trick or treat.」
 冷たい夜風と一緒に部屋に入ってきた素良は、付け牙が見えるよう満面の笑みを見せながら右手を差し出した。黒と赤のマントで吸血鬼になりきっている。甘いものが好きな素良にとってハロウィンはうってつけのものだろう。
「何やってるんだよ」
 遊矢は呆れ顔で右手を差し出す素良の手を握った。
「まだ12時じゃないからハロウィン続行中だよ?お菓子ちょうだい?」
「こんなに冷えて」
 いつからそこにいたのか、遊矢の掴んだ素良の手はすっかり冷たくなっている。
「こんなの気にもならないよ。ところでお菓子は?無いなんて言わないよね?悪戯しちゃぞ」
「そんな都合よくあるわけないだろ」
 頬を膨らます素良をベットに座るよう促してからドアに手をかけた。
「そこで待ってろ。母さんに見つかると面倒だから部屋から出るなよ」
「はーい」
 遊矢はキッチンでお湯を沸かしつつカップに少し多めに蜂蜜とレモンを入れた。普段は猫のようにマイペースで飄々としている素良も瞬間寂しそうな、留守番をする飼い犬のように遊矢には映った。
「お待たせ」
 静かに部屋に戻ると、待ちくたびれたのか素良は少しうつらうつらしていた。何があったのかは話してくれないだろうが疲れているのだろう。折角作ったがこのまま朝まで寝させといてあげた方がよさそうだと思った遊矢はそっと電気を消した。
 レモネードを数口飲んでから一階に戻ろうとした遊矢の手に何か当たったと思ったら手からカップが消えていた。
「美味しい」
 驚いた遊矢が振り向くと目を覚ました素良がレモネードを飲んでいた。
「僕に作ってくれたんでしょ?すごく甘いねありがと」
 目が覚めたなら仕方ない、遊矢は電気をつけようとしたら手を掴まれた。
「暗い方がハロウィンぽいしそのままで」
 レモネードを飲み終わった素良の手は先程よりも暖かくなっていた。見てくれとばかりにマントをなびかせている。
「どう?似合ってるでしょ。遊矢の分も持って来たんだ。する?」
「するわけないだろ」
「つまんないのー」
 素良はどこからともなく出したマントと帽子を出してクルクル回した。
「でもさ、こんな簡単に入れてよかったの?ハロウィンて悪魔が尋ねてくるって言われてるみたいだし、もしかしたら僕の姿をした悪霊だったかもしれないよ?」
「寒さで震えてる悪魔なんていないだろ」
 そう言いながら遊矢は素良に上着をかけた。
「折角温まったのにまた冷えたら本当に風邪ひくだろ?早く帰りな」
「僕が悪魔だったら遊矢攫って行くのに残念だね」
 不満そうな顔をしつつも素良はぎゅっと遊矢の上着を握った。
「でも温まったのは本当だしこれはお返し」
 魔法使いの帽子を遊矢にかぶせた。黒い服よりピエロのようなカラフルな服が似合う遊矢も黒い帽子も良く似合う。
「早くTrick or treatって言いなよ。でも残念僕お菓子持ってないんだよね。だから遊矢は僕に悪戯するしかないよね」
 そう言って遊矢に飛びついた。後ろにはベッドがある。倒れこんでも良いようにという素良の思惑が遊矢にも伝わったが、少しふらつきながらも遊矢は姿勢を崩さなかった。
「おい素良……」
 遊矢は困ったように眉をひそめた。
「冗談だよ。でもそんなに困った顔しないでよ傷付くなー」
 そう言いながら遊矢から離れ窓を開けた。見送るように遊矢も窓に近付いた。
「ウチにはお化けカボチャ置いてないけど、だけど素良はいつでもここに帰ってきていいんだよ」
 それに、と耳に顔を近づけて囁いた。
「悪戯はまた今度な」
 言い終わると同時に、目で追えない速さで素良は姿を消した。時計を見ると日付は変わっていた。部屋にお菓子があるのも悪くないかもしれない。明日コンビニでお菓子を買って帰ろう、そう考えながらベッドに潜った。


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