珈琲
「相変わらずだだっ広い部屋だな」
社長室に訪れた遊矢はため息を付きながら見回した。
「来てそうそうあんまりな言い草だな」
「中島さんに聞いたよ。もう仕事終わってるんだって?」
モニター前の大きなソファーに座った。一人だったら飛び跳ねたくなる弾力のソファーだ。何度来ても社長室に入るまでの道のりは緊張する。入ると気が抜けてソファーにもたれかかった。
「なあこれってテレビ映るのか?」
「もちろんだ」
「凄い!付けて付けて」
零児はため息を付けながらテレビを付けた。家のとは比べ物にならない位大きなテレビで見るといつも見るニュース番組でもどこか遠くの街のものに見える。
「君はテレビを見に来た訳じゃないだろう?」
零児の事を忘れたかのように集中して明日の天気を見ていた遊矢は慌てて振り返った。
「特に用はないけどどうしてるかなーって」
「どうもこうもいつもと変わらない。そんなにテレビが楽しいか?」
小さな子供を見るみたいに呆れ顔の零児に子供っぽいふるまいをしてしまった事に遊矢は少し顔を赤らめた。
「そんなことより……」
ゆっくりとソファーから降りた遊矢は赤馬の座る机に向かった。
「最近コーヒーの量増えたんだって?零羅が言ってたぞ。心配させて可哀想に」
机の上を見るとこんな時間にも関わらずコーヒーが置いてある。まだ湯気が立っており時間が経っていないことが一目でわかる。
「今日何杯目だ?」
「さあな。一々数えてなんかいない」
「こんな時間に飲んで夜寝れるの?いくら明日休みでも……」
「そんな事は織り込み済みだ。君の心配する事じゃない」
すべてを見透かしているような態度を隠しもしない。どう頑張っても追いつけないだろうしそんな事は分かってはいたが慣れるものでもない。
もう少し可愛げがあってもバチは当たらないのに、そう言いながらまだ温かいコーヒーカップを持ち上げた。見るからに家に置いてあるコーヒーカップとはケタが違いそうなそれに一瞬気おくれしたがゆっくり口を付けた。苦みと鼻の奥を突くような香りに思わず顔を顰めた姿を見て一瞬固まった零児も目を細めた。
「君にはまだ早かったかようだな」
「何だよたったの2歳差なのに大人ぶっちゃって。それに慣れてないだけど俺だってそのうちコーヒーの違い位分かるように……」
つまらなさそうに言ってから飲み干した。
「美味しかったですごちそうさまでした」
怒りつつもその場に居座ろうとする遊矢を不思議そうに見た。その若さで社長という肩書を背負う事になった零児の周りの大人は、取り入ろうとする人か可能な限り関わりたくないという人であふれていた。
「君は怒って出て行ったりはしないんだな」
「何で?折角来たのに。それよりもしかして帰って欲しいのか?」
「そんな事は言っていない」
「良かった。もしかして迷惑なんじゃないかなって心配したよ。明日休みって言ってただろ?もし用が無かったらどこか行こうよ」
「そうだな」
何かと言いくるめられて断られるかと思い身構えていた遊矢はあっさり承諾した零児を見つめた。
「どうしたそんな豆鉄砲を食ったような顔をして」
「てっきり断られるかと思ってさ。カフェインレスのコヒーあったよね?さっきの勝手に飲んでごめんなさい。入れてくるよ」
そう言い離れようとした遊矢の手を思わず掴みそうなった零児は慌てて姿勢を正した。
「俺は何処にもいかないよ。というか出て行けって言われても居座らせてもらうからそこんとこよろしく」
そう言い遊矢は席を立った。
「はい、冷めないうちに召し上がれ」
戻って来た遊矢と共に仕事机からソファーに移動した赤馬はテレビを消し匂いを確かめた。
「まだまだって顔だな」
「それはな」
「さすが社長さん偉そうに」
熱さに涙目にながら遊矢はコーヒーを飲んだ。夜はまだまだ長い。遊矢といるとコーヒー以上の覚醒作用があると思いながら零児もカップに口を付けた。
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