節分

「みんなー注目注目!今日何の日か覚えてる?帰る前に豆まきするわよー」
 アクションディエルの練習が終わり、みんなの息が元に戻ったのを見計らって柚子は豆の入った袋を掲げながら言った。
 2月3日、今日は節分である。遊矢と事前に打ち合わせを済ませていた柚子は遊矢に合図を送った。大きく伸びをしていた遊矢もピシッとポーズを決め、子供たちに気付かれないようそっと部屋から出て行った。
「それだけあるなら一人えーっと」
 数えきれない豆の入った袋を見つめるフトシの頬は緩む。
「これは撒く用よ」
 食べちゃ駄目よ、と戒めながら柚子は小さな臼を配り豆を注いだ。溢れんばかりに入れると大袋入りの豆もすっかりなくなってしまった。
 準備完了。そろそろ始めようと柚子はドアに向かって叫んだ。
「遊矢、みんな準備出来たわよ」
 遊矢がいなくなった事にようやく気付いたみんなは扉を見つめた。柚子の掛け声から二拍空いてからドアがそーっと開き、遊矢が顔を覗かせた。
 鬼のお面を被って縞模様の短パンをはいている。鬼になりきり手をふりかぶる、そのなりきっている姿に一瞬気を取られたが柚子は率先して豆を投げつけた。
「悪い子はいないかーっていきなりかよイテテテテ」
遊矢は一瞬怯んだがすぐに体勢を立て直しみんなの方にゆっくりと歩いてきた。腰を少し曲げ、だけど顔だけは真っ直ぐに向けている様子は鬼と幽霊を掛け合わせたような、不気味なものであった。
「鬼は外!福は内!」
遊矢の様子に怯える事もなく目を光らせたアユが思いっきり豆を投げつけた。最初はバラバラに投げていた子供たちもタイミングを合わせだした。
小さな豆でも数を当てると気にはなる程度の威力にはなる。予想より痛く感じた遊矢は驚いた顔をしつつも大げさに体を庇った。
「イテテテテ」
 明らかに演技と分かるが、鬼を退治するというのは正義の味方になった気になる。
しばらく豆を当てられ続けた遊矢はイテテテテと言いつつ手を後ろに回しながら高笑いをした。
「こんなこともあろうかと!やられてばっかりの俺じゃないぜ」
 背中に隠し持っていたバツドを大きくひと振りしてから子供たちの方へゆっくり歩いた。自分の豆を全部投げ終わり床に落ちていた豆を拾っていたフトシは、遊矢がバッドを持って近付いてきたのに気付かなかった。
 そんなフトシに狙いを定めた遊矢はゆっくりと近づきフトシの前に立ちはだかった。目の前が暗く陰になってようやく誰かが前にいる事に気が付いたフトシは何事かと見上げた。
「えっ」
 目の前に鬼の面が現れ驚き臼を落とした。ガシャ、という音がし豆が床に転がる。遊矢は勝ったとばかりに高笑いをした。
「油断大敵!」
 フトシは尻もちをついたまま後ずさりをした。その姿に勝ったとばかりに高笑いしバッドを下ろそうとした瞬間、遊矢に大量の豆が浴びせられた。
「それはこっちの台詞よ」
 フトシに夢中になっている遊矢の背後に気付かれないようゆっくり回っていた柚子たちは思いっきり豆を投げつけた。2人の攻撃に遊矢は金棒を落とし体を庇いつつ走りながらドアまで走った。
「参った参った!これで勝ったと思うなよ」
 捨て台詞を置いて出て行った。
 

 ドアが閉まったのを合図に今年の豆まきは終了した。お疲れさまーと拍手が鳴り響く。
「これで今年も無病息災!みんなありがと。じゃあ豆を拾うわよ」
 ある程度の広さのある練習場に豆が四方八方広がっている。拾い忘れて踏んでしまうと痛い。忘れの無いようにみんなで拾った。
「こらフトシ、隠れて食べないの」
 こそこそと食べようとしたフトシを柚子は見落とさなかった。
「食べる用はちゃんと用意してるから安心して。でも全部拾い終わってからよ」
 ヤッターという声と共にみなの手が早まった。豆自体は給食でもう食べているだろう。普段そんなに豆を食べたいとは思わないが、節分となるとどうしても食べたくなる。柚子にはフトシの気持ちがよく分かった。
アユ位の頃の遊矢もフトシみたいに自分の歳よりずっと多くの数を食べようとした。懐かしいな、と思いつつまだ数のありそうな豆を拾っているとドアが開き着替え終わった遊矢が入って来た。
「はーみんな本気になり過ぎ」
「ありがと遊矢、お疲れさま。ね?」
 容器を遊矢に押し付けた。俺鬼なのに豆拾いなんて……とぶつぶつ文句を言いつつも四方に散らばった豆を探し出し拾った。
 あらかた拾い終わったみんなは今か今かと顔を輝かせている。柚子はもう拾い残しは無いだろうと判断して終わりー、と叫んだ。
「もうそんなに急がなくても給食で豆出たでしょ」
「それはそれこれはこれ」
柚子はそれぞれの歳の数だけ小分けした小さい袋を配った。海苔がかかっているそれはワンランク上のものだ。嬉しそうに受け取って一粒ずつ食べるの姿はとても可愛い。
小学生だ、あっという間に食べ終わった。これだけ?と食べる前は文句を言っていた子供たちも、完食すると満足したのか良い笑顔で家に帰って行った。


 みんなを見送ってから二人は練習場に戻り、拾い忘れた豆が無いかの最終確認を行った。
「よし、拾い忘れ無し」
 二人は大きく伸びをした。小学生の時と違い節分という行事を楽しみに思う気持ち自体は薄くなってきたが、いざやってみると楽しい。
「本当はお父さんがすればよかったんだけどごめんね」
 毎年張り切って鬼を演じていた修造も今年は腰の調子を悪くして柚子と遊矢からストップがかかっていた。
「治りが遅くなると困るし、それに腰曲げた鬼に豆ぶつけるとか本当に退治するみたいでやりにくいよ」
「お礼と言ったらなんだけど……これ作ってみたの。食べてみて」
 柚子は可愛くラッピングした小袋を渡した。中には豆をアレンジしたものが入っている。チョコレートで絡めたものや粉砂糖をまぶしたもの、キャラメルで固めたものなど。最初はこれほど凝るつもりは無かったが作り始めるとあれもこれも、と止まらなくなり気付いたらかなりの量になった。
遊矢は3つ、4つと食べ進めながら言った。
「こんな上手い豆食べれるならいくらでも鬼やるよ」
「褒めても何も出ないわよ」
 楽しくなって作ったものだが遊矢の嬉しそうな顔を見ていると自分も嬉しくなる。お世辞だと分かっていても褒められたら嬉しい。
 柚子も一つ口に運んだ。知っている味だが少し疲れた体に甘いものはよく効く。
「そんなことより遊矢はまだ鬼退治してないわよね。形だけでも私にぶつける?」
 柚子は遊矢に豆を渡した。
「えっそんなのいいよ」
 遊矢は手をヒラヒラしながら断った。
「この豆食べたら鬼退治しなくても厄介なことは逃げてくって。それより来年もこれお願いな」
「今全部食べたら駄目よ。洋子さんのご飯に響くし」
「気にしない気にしない。来年豆まきする時はもっと人が増えてたらいいな」
 他愛無いことを話しながら最後の一粒まで食べた。お菓子は別腹別腹、柚子も今日は特別と全部食べた。
 来年は食べる豆の数が一つ増える。再来年はもう一つ、その次はもう一つ。食べきれないほど年をとってもこの笑顔が見れるなら作り続けたいと思った。




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