夏の思い出

「よし!これで大分理想形に近付いた。助かったぞ遊矢」
「俺も良い感じに新しいの思いついたよ。しっかしもう朝だなー」
 トレーニング場の天窓から光が差しこんでくる。徹夜明けの二人には眩しいが気持ちの良い朝日で小鳥のさえずりさえも一段と綺麗に聞こえる。
「完徹になってしまったな」
「気にしない気にしない」
 トントンとリズミカルにノックする音が聞こえた。ドアが開き柚子が顔をのぞかせた。
「あっ、やっぱりここに居たのね。おはよう。どうせまた一晩中デュエルしてたんでしょ」
「おはよう」
 柚子が元気よく入って来た。徹夜明けでどこかテンションが高い二人と違いどこかまだ眠そうで、でも体は元気といった顔をしている。
「二人ともおはよう。はいこれ」
 どこか得意そうな顔で持っている紙袋を差し出した。
「もしかして…?」
 袋に入っているが匂いまでは隠し切れない。察した遊矢のお腹を鳴らした。
「朝ごはんまだ食べてないんでしょ?」
「ありがとう柚子」
 待ちきれないとばかりに袋を開けた遊矢は綺麗に並んでいるサンドウィッチを見て目を輝かせた。卵にハムにチーズにベーコンレタス。朝からこれだけ作るのは骨が折れただろう。
「かたじけない」
 権現坂も美味しそうなサンドウィッチに気をとられている。
「言っただっきまーす」
 柚子は食べようとする遊矢から慌ててバスケットを引き離し蓋を閉めた。
「ちょっとその汚れた体で食べる気?先にシャワー浴びてきなさい」
「はーい」
 まるでお母さんみたいな言い方だが柚子の言う事ももっともだ。二人は急いでシャワールームに向かった。



 二人が戻ってくると事務所の机には飲み物も用意してあり準備が整っていた。サンドウィッチはバスケットから出されて紙皿の上に乗せられている。まるで何かのパーティーみたいだ。
「遠慮なく召し上がれ」
「きただきます」
 完徹後にも関わらず二人の食べっぷりを見ながら作り甲斐があったと柚子は嬉しくなった。
「これミッチーのレシピなの。やっぱりミッチーは凄いわ。でももうちょっともうちょっと丁寧に食べてよ」
「そうだぞ遊矢。がっつくのはみっともない、誰も遊矢の分を取ったりせん」
「まあ一生懸命食べてもらったら作り甲斐はあるけど」
まるで聞こえていないかのように遊矢は食べ続けた。
「そういえば前もこういう事あったよね」
「ああ、あったな。あれは確か4、いや5年近く前だったか……」
 二人が懐かしそうにする様子を見て遊矢は顔を顰めた。
「そんな昔の事忘れろよ」
「だって、ねえ?」
 顔を見合わす二人につまらなさそうな顔をした遊矢だがサンドウィッチを一生懸命に頬張った。顔は怒っているが口元は幸せそうである。「昔の事って何?」
 ドアが開き子供たちが入って来た。
「おはよう。みんな早いのねどうしたの?」
 朝から元気な子供たちが来て塾の雰囲気は一気に騒々しくなった。
「ラジオ体操の帰り〜。電気が付いてるの見えて寄ったんだけど」
「遊矢お兄ちゃん早起きって珍しいね」
 フトシがサンドウィッチにそっと手を伸ばした事に柚子は気付いてジロっと見た。
「お家に朝ごはんあるんじゃないの?」
 悪戯を見つかったのを誤魔化すかのようにフトシが話に入ってきた。
「それより昔の事って何?」
 最近入って来たタツヤは目を輝かして知りたがっている。この事はアユもフトシも知らない。目が口以上に教えてと言っている。
「あのね」
 ナイショ話をするように話す柚子に顔を顰めてはいるが楽しそうな子供たちの前で止める事は遊矢のポリシーに反する。コホンと咳をしてみんなの注目を集めた。
「俺がみんな位の時のお話で…」


 その日は夏休み、遠くのデュエル大会に出場するという事で遊勝と洋子は出張、権現坂の家に遊矢は預けられていた。権現坂の家は森の中で広いのに加え夜は薄暗く、泊まる都度夜廊下を歩くのも怖がりな遊矢は怯えていた。
 遊矢と権現坂、柚子は塾でテレビを見ていた。夜に放送していた安っぽい作りの番組ではなく淡々とした怖い番組だ。権現坂も柚子も真顔で固まり遊矢はゴーグルをして目を堅くつむっているのを隠していた。
「ねえ遊矢大丈夫?やっぱりやめる?」
 見かねた柚子が遊矢に尋ねたが慌ててゴーグルを上げて首を振った。
「怖くなんてないし」
 遊矢にもプライドがある。怖がりと思われるのが嫌で精一杯の虚勢を張っているがバレバレである。
「こんな映像に怯えるとは情けないぞ。それもこれも鍛錬が足りていない証拠」
 長々と説教しそうな雰囲気の権現坂の話を遮るように大声で叫んだ。
「だから怖がってなんかないし」
「権現坂、遊矢が怖がりなの今に始まった事じゃないじゃないあんまり言わないであげてよ」
 柚子のフォローも遊矢をたきつけるだけであった。
「みんな俺の事怖がり扱いして!俺別に幽霊なんて怖くないし。そうだ!今夜は塾で泊まって見せるよ」
「え?」
 名案だというように立ち上がった遊矢に一瞬あっけにとられワンテンポ遅れた。
「鍵かけたら安全だし静かな拾い塾で一晩過ごせたら俺が怖がりじゃないって証明になるだろ?」
「遊勝塾が出来たの俺らが生まれた後だったはずだが……」
 どういう計画を立てるのかで頭が一杯なのだろう。権現坂や柚子のいう事が耳に入っていない。それにちょっと怒った遊矢は意志が強くて何を言っても聞きそうにない事を知っていた。
「でもどうやって一晩過ごすの?お父さん鍵かけるわよ」
「どこか鍵開けとくから大丈夫」
「三人だけの秘密だからな。権現坂もばれないように協力してくれ、な」
 みんなを巻き込まないと出来ない。二人は顔を見合わせて仕方ないわねーという顔をした。実際の所柚子も権現坂もドキドキワクワクしていた。なんせまだ3人とも子供だ。実際どれくらい危険なことなのか分からなかった。
 
 

 夜が来た。権現坂の家からこっそり抜け出し遊矢は塾に向かった。夜道は怖いが臆病者扱いは好きじゃない。これで二人をぎゃふんと言わせてやろう、あらかじめ鍵を開けてあった窓をそっと開け中に入り込み事務室に向かった。
 壁には父親のポスターが張られている。有名人だ。遊勝のように堂々とした人になりたいが遊矢自身は小動物のような性格なのが遊矢には歯がゆかった。
「見ててよ父さん」
 シーンとした部屋は怖くテレビを付けた。
 静かな部屋に女の人の甲高い声が響く。つまらないと思ってチャンネルを変えるとホラーが始まった。慌ててチャンネルを変えたが叫ぶ女の人の顔と声が頭から離れない。テレビはダメだ。そう思いこんな時こそトレーニングとトレーニング室に移った。いつもは活気づいてるのに誰も居なければこんなに広くて静かな事に初めて気付いた。
「イエーイ広い部屋独り占め」
 そういいクルクル回ったがむなしい思いをするばかりである。そういえば遊勝が消えた日から何かと気にかけられている事に気付いた。
「誰か来ないかなー?」
 来るわけがないと分かっていても声を出さずにいられたなかった。声に出すとますます寂しさが募る。緊張にを加えて一気に眠気が襲ってきた。
「もう寝よ」
 普段見ることの出来ない深夜番組が楽しみだったのにもうそんな気持ちも無くなってしまった。二人に止められた時素直に止めておけばよかったと後悔が襲ってくる。
夏だからタオルケット一枚被るだけで十分である。横になると遊勝のポスターとトロフィーが目に入った。
どんな時でも笑顔を欠かさなかった父親が自慢で、でも少しも追いつけた気がしない。ため息をついた遊矢は緊張の糸が切れたのかすぐに寝入ってしまった。
「遊矢、ねえ遊矢生きてるの!?」
「ふぇ」
 遊矢は目を開けると心配そうな顔をした柚子と権現坂が覗き込んでいた。
「良かった、心配したのよ」
 さっきまで暗かったのに今は朝日が眩しい。二人とも心なしか目が吊り上がっている。しまった、そう感じた遊矢はヘラヘラと笑ってごまかそうとしたが二人を逆上させるだけであった。
「本当に一人で塾に泊まっていたんだな。俺はてっきり柚子の家に泊まっていたもの思っていたが」
「私も権現坂の所にいるって思ってたわ」
「どうだ?俺思ってたより強いだろ?」
 明るく普段通りに振る舞っているがから元気な事に気付かない二人では無かった。二人は顔を見合わせてた。
「あーお腹空いた」
 二人の顔を見たら自分がお腹が空いている事に気付いた遊矢は再び床に倒れこんだ。
「早く権現坂ん家戻ろうぜ」
「親父殿に誤魔化してきたから朝食は抜きだぞ」
 どんなご飯が待っているのだろと目を細める裕也に権現坂は現実を突きつけた。
「え?何で?」
「誤魔化すのも大変だったんだぞ」
「そうだよな、ごめん権現坂」
 舞い上がって周りに気が回らず悪いことしたとしゅんとした遊矢を見て二人は笑った。
「そんなこともあろうかと」
 柚子は隠していたご飯を出した。
「え?」
「お腹空いてると思って」
「ありがと柚子に権現坂〜」
 遊矢のとろけそうな顏で報われた気がした。


「何となく想像出来るね」
「何だよ可愛い子供だろ?」
 三人とも顔を見合わせている。
「まあ今は昔のお話さ。今じゃ普通に徹夜もするようになったし。あー腹が膨れたら眠くなってきた」
 あれだけあったサンドウィッチは跡形もなく食べつくされた。
「昼夜逆転は体に悪い。今日はこのまま突っ走るぞ。足腰鍛錬にトレーニングに行くぞ遊矢!」
「えっ俺寝たいのに」
 ぐずる遊矢を無視して権現坂は外へ向かった。
「がんばれ〜」
 他人事のように笑うみんなに怒った顔をしたがあの時感じた寂しさはない。もうあんな思いをしたくないしさせたくもない。この関係を大切にしていこうと思いながら権現坂の後を追って外へ出た。


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