エンタメデュエル

 ケーキを片手に柚子は沢渡の元に向かった。連絡はしていない。有名な店のものではないがここのチーズケーキはピカイチである。沢渡の驚く顔が見たかった。崩れやすいものではないが慎重に運んでいると沢渡が向こうから歩いてきた。柚子とほぼ同時に気付いたのだろう、手を大きく振ってきている。柚子が自分に気付いたのを確かめてから前髪をかき上げ格好をつけてきた。相変わらずのナルシストっぷりに柚子は安心感を覚えた。
「久しぶりね、元気にしてた?」
「ああ、こんなところで奇遇だな。どこか出かけるのか?」
「久しぶりに会いたいなーって思って」
 そう言いながら柚子は手に持ったケーキを持ち上げた。
「これ俺に?」
「そうよ。でも出かけるのね残念」
 沢渡は家から反対に向かって歩いている。これからどこかに出かけるのだろう、そう察した。
「いやちょっとコンビニにでも行こうかと思ってただけだ。柚子が来るっていうなら用は無いさ。それより連絡してくれたら色々用意してたのに」
「驚かせたかったの。でも会えてよかった」
 そう言い嬉しそうな顔をする柚子を見て少し顔を赤くした沢渡はケーキを受け取った。
「あ、ありがと」
「それよりMCSでの俺の活躍見ていたか?」
「遊矢とのデュエルでしょ?もちろん見てたわ」
「ペンデュラム同士の対決!どうだった?」
 少し頬が緩んでいる。あの時のデュエルが余程楽しかったのだろう。初めてデュエルを見たときとは全然違う、心から楽しんでいる様子に目覚ましい成長を感じ嬉しいような少し寂しいような気持ちがした。
「あの時の雰囲気忘れられないよな。会場も沸いて、柚子の言っているエンタメデュエルってこういう事だと分かったよ」
「あなた変わったよね」
 持ち上げられると踏んでいた沢渡は柚子の薄い反応に少し眉をひそめた。
「変わってなんかないさ。昔から俺は強いし輝いてた。ああ、君のLDSとの留学生とのデュエル見させてもらったよ。あのデニスってやつに……」
 沢渡はまだ何か言い続けているが柚子の耳には届いていなかった。自分なりのエンタメデュエルがしたくて今まで努力してきたし今もそのためのトレーニングをしている。それは無駄だと思わないし塾を守れるようになるために強くなろう、そう頑張る事は間違っていなかった。新しいことを覚え戦略が広がって、デュエルがより楽しくなれた。肯定もしてもらえたし少し余裕が出てくるのが分かった。
 すると今度は違う事が頭を占めるようになった。私のエンタメデュエルとは何なのだろう?あのアイドルデュエリストもアイドルという立場から観客を沸かしていた。遊矢はショーの様なデュエルをしてみんなを笑顔に、そういう道を見つけて頑張っている。デニスも遊勝さんをリスペクトして頑張っている。沢渡のデュエルも遊勝塾対LDSそういうのを忘れる位面白いデュエルだった。
 負けたら悔しいしもっと強くなりたいそう思うのは自然な事で次への気力につながるけれど次にどの方向に進めばよいのか見えてこず沢渡と会って気晴らしがしたかった。自分の気に入ったものを戸惑う事無く柔軟に取り入れる事の出来る沢渡に柚子は少し尊敬していた。本人には絶対に言わないけど柚子は沢渡のそういう所が本当に好きだった。
普段ならよくしゃべる柚子が黙ったのに沢渡は言いすぎたのかと思い少し不安そうな顔をした。
「何落ち込んでるんだよ」
「別に」
「君のお父さんの経営している、なんて言ったっけ」
「遊勝塾よ」
「そうそれそれ。確かエンタメデュエル中心の。俺が特別に教えてやってもいいぞ」
「間に合ってます。ちょっと良いデュエルが出来たからって調子に乗り過ぎよ」
「何だよそれつれないな。人が折角……」
 ため息を付きながらやれやれと顔を振る沢渡に聞こえない位小さな声でありがとう、そう言った。沢渡なりの気の使い方なのだろう。柚子にはちゃんと伝わっていた。
「そういうあなただって負けたじゃない」
「デュエルタクティクスはともかくエンタメの精神について…」
「エンタメ!そうね、エンタメなら私を喜ばしてくれる?」
 大げさに何かを思いついたような仕草と少し悪い顔をした柚子に沢渡は何を思いついたのか恐る恐る尋ねた。
「それはどういう……」
「そろそろ新しいスカートが欲しいし靴も汚れてきたわ。それに改装していたお店もリニューアルオープンしたし」
 そう言いながら楽しそうにショッピングの計画を語る柚子に柚子にのせられた事に気付いた沢渡は目を見開いた。
「冗談よ」
 予想通りの反応に声をあげて笑う柚子に少しムッと来たが楽しそうな顔を見ると何も言う気になれなかった。
「俺の事変わったっていうけど俺は何も変わってないし柚子も変わっちゃいないよ。あんなにフィール中怖がらずに動けるの柚子くらいさ」
 負けた事に少し落ち込んでいると思ったのだろう。沢渡の気の使い方が柚子には嬉しかった。
「ねえ、デュエルしない?沢渡のペンデュラム見てみたいな」
「ああ、もちろん」
「ありがと。楽しみ」
 沢渡の真っ直ぐなところに触れたら自分らしくいられることに感謝しつつ、胸をはずませながら二人は沢渡宅へと向かった。


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