二人の話

「バカは風邪ひかないっていうのに」
 帰る準備をしながら柚子は呟いた。いたらうるさいけれど普段一緒にいる分いないと何となく調子が出ない。お見舞いに寄ってから塾に行こう、そう考えながら廊下に出ると沢渡と目があった。待ち伏せをしていたらしく、遠くから眺めている生徒もいる。
「柊さんだよね。榊は一緒じゃないのか?」
 声は明るいが目が笑っていない。気が付かなかったふりをして帰ろうとしたが名前を呼ばれてしまってはそれじゃ通じない。ここでもめ事を起こすのは得策じゃないと判断した柚子は、笑顔で答えた。
「今日遊矢お休みなんですよ。遊矢に用があるならまた後日」
「丁度良かった。今日は柊さんに用があるんですよ。ちょっと今から良いですか?」
 言い終わる柚子を遮り、手を両手で包み込みながら沢渡は続けた。
「え、ちょっと」
 柚子は咄嗟に手を振り払おうとするも、沢渡はより一層手に力を込めただけだった。
「良いですよね」
 親は権力者、デュエルも強い沢渡は学校でも一目置かれる存在である。二人のやりとりを聞きつけた人たちで廊下は混んできた。下手に断ると何を言われるか分からない。何せ相手は自分たちを人質に卑劣なやり方でペンデュラムカードを奪おうとした人だ。柚子は従うしか無かった。
 手を引いたまま学校を出ようとする沢渡に柚子は冷たい声で言った。
「いい加減手ほどいてくれる?ここまで来て逃げたりなんてしないわよ」
「そう」
 ニヤついた口元を隠そうともせず手を離した。
「一体何の用よ。言っとくけど私はペンデュラムカード持ってないからね」
「せっかちだな。もうちょっと待てよ」
そう言いながら携帯電話を取り出し電話を始めた。
「ああ、今出た所だ。いつもの場所でよろしく」
 電話を切るや否や柚子に向かって話しかけた。
「今から君を俺の家に招待するよ。そんな固くなるなって。まあ確かに君の家と俺の家じゃ月とスッポンだけどさ」
 心の底から楽しそうに笑う沢渡に嫌悪感が募る一方の柚子は沢渡の申し出を断った。
「ちょっと、そんなの聞いてないわよ?ここじゃ駄目なの?私だってこれから予定あるんだから」
 断られると思っていなかったのか、目を丸くした沢渡は大げさにため息をついた。
「予定って?まさかあの今にも潰れそうな塾の事じゃないよな?」
「失礼ね。当分潰れる予定はありません」
 そう反論する柚子の耳元に口元を近づけ小声で呟いた。
「断れるとでも思ってるのか?」
 沢渡を見上げると、口元は笑っているが目は笑っていない。血の気が引く思いをし慌てて周りを見渡したが、周りからは中学生の男女がいちゃついているようにしか映らないらしい。おびえた様子に満足したのか沢渡源は少し戻ったようだ。少し歩くと黒塗りの車が見えた。
「真吾様、お待たせしました」
 中からスーツを着た運転手が出てきてドアを開けた。生きている世界の違いを感じる暇もなく中に入るよう促され、しぶしぶ従うと車が発進した。固くなっている柚子に微笑みかける沢渡は彼女を労わる彼氏のようだ。
「今親父もお袋も居ないんだよな?」
「はい、本日はお二人ともご帰宅になられるのは深夜のご予定です」
「そうか、良かった」
 そう言い胸をなでおろす様子を見て運転手も少し微笑んでいる。固くなっている柚子の緊張をほぐすかのように肩に手を回しわざとらしく細かな演出をする沢渡に絶望的な気持ちになった。
 「じゃあ私は業務に戻りますので」
 家に着くと運転手は帰って行った。思わず手と足が同時に出た柚子を見た沢渡はプっと吹き出し、音を立てながらドアを閉めた。ビクっとなる柚子の反応を一々楽しむ沢渡に悔しいながらも望み通りの行動をとってしまう悔しさではちきれそうだった。
「ねえ、ここで良いでしょ?話って何よ」
 精一杯落ち着いた声を出そうとしたが思わず裏返ってしまった。
「そんな急ぐなって。お茶くらい出すからついてきな」
 笑いながらスタスタ進む沢渡に柚子は仕方なく、ゆっくりと付いていった。
 
 部屋に通され待っている間、部屋を観察した。想像通り沢渡の個室は広く予想以上に綺麗に片付けられている。壁にかかっているダーツが存在感を放っている。的には遊矢の写真が貼られており、矢が刺さり、穴もいくつも空いている。執拗にさしては抜いてを繰り返したのであろう跡に沢渡のしつこさを垣間見た気がして血の気が引いた。そうしているうちにドアが開き沢渡が入ってきた。
「そんなに固くなるなって」
 心から楽しそうに笑う沢渡に今すぐ逃げ出したくなる柚子だが、物理的に逃げ出せたところ沢渡から本当の意味で逃げる事は出来ない。覚悟を決めた柚子はキっと沢渡を睨みつけた。予想外の反応に少したじろいだ沢渡はコホンと咳払いをして続けた。
「何で榊がペンデュラムカード持ってるんだろうな。ああいうレアなのが似合うのは俺のはずなのに」
 悔しそうに爪を噛む沢渡に言いたいことは沢山あるが、下手に刺激しないため黙っている。何も言わない柚子に、恐怖で声が出ないものだと勘違いした沢渡は少し得意げになって続けた。
「まあ俺が本気出せばあのカードいくらでも手に入れられるけどさ、でもそれじゃつまらないし物足りない。俺の事馬鹿にしてエンターテイメントのダシにしてさ。だからこう、徹底的に痛めつけてやりたいんだよね。そこで柊に手伝ってもらおうとわざわざ呼んだんだ」
 そう言う沢渡の目は輝いている。これから始まる自分の計画が楽しみで仕方がない様子だ。
「そんな難しい事は頼まないさ。ペンデュラムカードを持って来たらいいだけだ。でも普通に取ってくるんじゃなくてさ、騙すんだ。あの小さい子達が見たがってるから貸して?って言ったら貸してくれるよね。それから、俺とまたデュエルして俺がペンデュラム召喚して星読みと時読み出したらどう思うかな?考えるだけで楽しい。どうだ俺の完璧な計画?」
「私が言ったところで遊矢きっと貸してくれないわよ。そもそも借りるって不自然だし」
「そこを考えるのはお前の役目だ。なにお前と遊矢の仲だ、ちょっと頼んだら貸すさ。ああでも単に俺が持ってるだけじゃ、また俺が奪ったと思われるかもな」
 まるで今思いついたかのような言い方だが最初から想定済みなのだろう、満面の笑みで続けた。
「そうだ、最初は遊矢に取られちゃったとか言って泣きついてさ、それで俺を呼び出してデュエルするってのはどうだ?それでデュエルが始まったら俺の方に来るって演出したら、あいつの絶望的な顔するだろうな。あー想像するだけで楽しい」
そう言いながら笑う沢渡にどう反論すればいいのか全く思いつかない柚子は苦しくなってきた。
「どうしたんだ?てっきり断るとか嫌だとか言うと思ったのに」
 柚子の薄い反応がつまらなかったのが、沢渡は不機嫌そうな顔をした。
「どうせ私が断るって言ったところで色んな手を使って断れないようにするんでしょ?」
「うーん、物わかりが良いのは楽だけどつまらないなあ。せっかく塾がどうなってもいいのか?とか用意してたのに完璧な計画が調子狂う。お分かりの通り、あんなちっぽけな塾、親父に頼めば簡単につぶせるさ。単に潰すだけじゃなくて社会的に立ち直れないようする事だって簡単だろうな」
「ねえ他にもっとやり方があるんじゃないの?時読みや星読みより強いレアカードなんて沢山あるだろうし、ほら前回のデュエルは偶然よ。次デュエルすればきっと、いいえ絶対沢渡君の勝ちよ。だからね、もうペンデュラムカードなんて放っておけばいいじゃない。私や遊矢みたいな庶民相手にするよりもっといろいろな事した方がいいわよ、ね?」
 塾じゃとても出せないようなお菓子を何のためらいもなく頬張る姿はやっぱり雲の上の人という感じがして、何で自分がここにいるのかと思うと頭が痛くなってくる
「そりゃ前回はたまたま、本当たまたま調子が悪かっただけで、別にペンデュラムが無きゃ勝てない訳じゃないさ。でも悔しいんだよね。俺をダシにしてエンターテイナーぶっちゃってさ。今度は俺があいつのエースを使って最高のエンターテイメントをお見舞いしてやらなきゃ気が済まない」
 そう言いながらダーツをする沢渡は、自由自在に矢を操つり狙いを外さない。デッキのモンスターもダーツな辺り、本当にダーツが好きなのだろう。言いくるめようにも言いくるめる要素の少なさに頭が痛くなる柚子だが、今すぐ何かする風には感じないからゆっくり言いくるめようと反論を始めた。
「でもまだ別に遊矢の十八番がペンデュラム召喚て訳じゃないのよ?この前ストロング石島とデュエルした時初めて使ったし、そのうえ使えるようになったのはつい最近だから別にエースって訳でもないし。でっちかって言うと遊矢のデッキってエンタメイトが交代でエース務めるって感じよ。別にエンタメイトも全部欲しい訳じゃないんでしょ?それに沢渡君には沢渡君にぴったりのエースが居るじゃない」
「まあ俺にはあんな変なモンスターじゃなくて立派なダーツモンスターがいるしな。あんな雑魚カードいくらでも手に入るしあれはいらないね」
 褒められて得意げになったり、部屋に連れ込んでも何もせず作戦を練るだけな辺り、沢渡も単に極悪非道なだけではないかもしれない。焦りは禁物だが、少し突破口が見えてきたように感じた。
「だったらさ、そんなペンデュラムカードに拘らないで普通にデュエルしたらいいんじゃない?私からもまた遊矢にデュエルするよう言うからね、そうしましょうよ」
良いことをを思いついたかのように振る舞う柚子をいぶかしげな眼でみる沢渡を見て柚子はやり過ぎたことに気付いた。
「もしかして俺の事言いくるめようとしてる?俺も弱く見られたもんだぜ」
 演技がかった様子で柚子に顔を近づけると、バリーンという音が鳴り響き部屋に風が吹き込んできた。
「何だ?なにが起こったんだ?」
 予想外の展開に慌てて辺りを見渡す沢渡に小さな影が近づいた。
「ねえあの時の格好悪いお兄さん、師匠の彼女に何するつもりだったの?」
「素良君?」
 急に現れた来訪者は、複数の中学生相手に余裕で勝った素良だった。
「お前はあの時のガキか。何でここに」
 背後から急所を押えられて身動きが取れない沢渡はあの時の恐怖がよみがえったのか、完全に力が抜けてしまっている。
「そんなのすぐにわかるよ。本当お兄さん格好悪いよね。どうせお姉ちゃん脅して師匠に復讐でもたくらんでたんでしょ」
「そ、そんな事は無いさ。前回ちょっとやり過ぎちゃったかなーって思ってさ、そうお詫びにこうお茶を振る舞ってたってわけ。うん、そうだよ」
「えーうっそだー。じゃあ今何しようとしてたの?」
「もうしません、もうしませんから許して下さい」
 小さな子供に中学生が脅されごめんなさいごめんなさいと焦りながらつぶやいている様子は憐れみしかうまない。ため息をついた柚子を見て、素良は手をゆるめた。
「もうしないって約束する?」
 必死で頷く沢渡を解放した素良は柚子に駆け寄った。
「大丈夫?変なことされてない?」
「ありがとう素良君、助かったわ。沢渡もう放してもだいじょうぶよ、本当にありがとう」
 色々聞きたい事はあるが、部屋の惨状と沢渡の様子を見るに長居しない方が得策だろう。急いで沢渡宅を出た。
「ところでどうして素良君あそこにいたの?」
「師匠に会いに来たらあいつと車に乗るのが見え怪しいなって思ったんだ。だから家調べて来てみたらお姉ちゃんがピンチだったから慌てて入ったんだ」
 そう言いながら素良はポケットからカメラを出した。
「お姉ちゃん、本当に良かったの?もっとビビらすことだって出来たのに。これもあるし、報復とかも大丈夫だと思うよ」
物足りなさそうに言う素良の素直さに笑いながら柚子はお礼を言った。
「あれで十分よ。あんまりやり過ぎるとおじさんにバレるかもしれないしね。確かにムカつくし許せないけど、犬にかまれたと思ったと思って忘れるわ」
 沢渡が帰り際に無言で差し出してきた紙袋には、普段手が出ないような高級菓子や外国のお菓子が無造作に入っていた。証拠の残らない口止め料のつもりなのだろう。これで丸められたと思われたら癪だけれど、ごねても良いことがあるとは思えない。それにお菓子ならみんなで食べれる。そう思って受け取った。
 塾の近くまで着いた時には既に空は赤く染まっていた。これは明日みんなで食べよう。手伝ってくれた素良君へのお礼にアイスか何か奢りたかったけれど、これから夕食だろうからまた後日。そう色々考えながら歩いていると事務所に着いた。
「素良君、今日は本当ありがとう。もう夕方だしお礼はまた明日させてもらうね」
 そう言いながら部屋に入ると、遊矢がソファーで寝そべりながら漫画を読んでいた。
「ちょっと遊矢、何でここにいるの」
驚きのあまり床に落とした荷物を慌てて拾いながら遊矢の元に近づいた柚子は詰問した。
「今日具合が悪いから休んだんじゃないの」
「え?ああ、目が居たくて眼科行ったけど大したこと無くて、一旦帰ってそれから学校行こうとしたらアンの調子が悪くてさ、慌てて病院連れて行ったらもう昼すぎたし学校はいいかなって。だから俺は全然大丈夫」
「アンちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、薬も飲んで今は母さんもいるしでもう大丈夫。それよりこんな時間まで何やってたんだ?早くデュエルしようぜ。ペンデュラム召喚をもっと上手く使いこなさないとな」
そう言いながらデッキを取り出す遊矢の様子は普段通りで安心する反面、無意味な心配をしていた事に腹が立ってきた。
「元気なら元気って連絡位ちょうだいよね。急にデュエルって無理よそんなの。準備するから待ってて」
 そう言いながら振り返ると素良はもう居なかった。
「素良君もう帰ったのね」
 急に現れて急に消えて、本当に不思議な子だと思いながら荷物を片付ける柚子を退屈そうに眺めながら遊矢が聞いた。
「そのお菓子どうしたんだ?どこか行ってたのか?」
 知らないとはいえ呑気に尋ねてくる遊矢にちょっとイラっとしながらも平常心、平常心と唱えながら返した。
「何でもないわ。それよりペンデュラム召喚完全にマスターしてね」
 どこか機嫌の悪そうな柚子に不思議そうな顔をしたものの特に気に留めず、準備体操をしながら答えた。
「ああ、ペンデュラム召喚で沢山の人を笑顔にしてみせるさ」
「その調子よ遊矢。あんな奴になんか絶対負けちゃ駄目よ」
「あんな奴?」
「何でもないわこっちの話。準備できたから行くわよ」
 そう言って慌てて駆け出す柚子を不思議そうに見ながら遊矢も慌てて付いていった。


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