七夕

「おーい柚子ー、笹買ってきたぞ手伝ってくれー」
 アクションデュエルのトレーニングをしている教室に修造の声が響いた。
「今行くわお父さん」
 持っていたダンベルを床に置き、柚子は遊矢に申し訳なさそうな顔をして言った。
「ちょっとの間フトシ君やアユちゃんの事お願いね」
「気にするなって」
 もうすぐ七夕だ。遊勝塾は小さな塾だが人を楽しませることの出来るデュエルを、デュエリスト育成を目的とした塾である。人を楽しませるにはまず自分が楽しまないと始まらない、小さな塾ながら色々楽しめるよう行事にも気を使っている。
「へー今年はいつもより大きな笹買ったのね」
 塾長含め5人の塾には不釣り合いな大きさの笹を見て柚子は思わずつぶやいた。
「夢は大きく希望も大きく!」
 そう言いながら修造と柚子は笹を固定した。この笹に沢山の飾りが付いたらとても綺麗だろう、準備する手に力が入った。短冊や七夕飾りの準備をしている柚子の耳に、楽しそうな声が入ってきた。振り返ると遊矢が子供たちを引き連れてやってきた。
「みんな練習はもうお終い?」
「いったん休憩にして柚子の手伝いしようってことになったんだ」
 大きな笹を前に目を輝かせる子供たちの顔を見ると、思わず柚子も顔をほころばせた。
「はい、短冊とペン。短冊も沢山用意したから好きなだけ使ってね。書き終わったら飾り付け手伝ってくれる?」
 短冊を受け取った二人は柚子の言葉が聞こえないほど夢中になって願い事を考えている。
「遊矢は先に飾り作るの手伝ってくれる?さっきから手伝ってもらってばかりでごめんね」
「こういうの作るの得意だから任せとけって」
 そう言う遊矢は折り紙とはさみで、柚子の想像以上の飾りを作っていった。無駄のない手の動きと出来た飾りの完成度の高さに思わず手を止めて見入ってしまっていた。
「遊矢って本当こういうの作るの得意よね」
「まだまだこれで終わりじゃないさ。おーいアユ、フトシ」
 楽しそうに願い事を書く二人に遊矢が呼びかけた。
「さあさあご覧くださいこの折り紙、ここをこう折ってはさみを入れると…さて何が出来たと思いますか?」
「何だろ?レース?」
 二人とも不思議そうに頭をかしげている。
「正解はこちら」
 そう言い折り紙を広げると、そこには綺麗な雪の結晶があった。
「遊矢兄ちゃんすげえ!しびれるー」
 子どもたちのリアクションに気を良くしたのか、遊矢は様々な切り絵を作って行った。
 修造が用事を済ましてくるといって出て行くと、遊矢たちの話し声が少し大きくなった。おだてられ調子に乗っている遊矢を片目に、柚子は黙々と七夕飾りを作りながら願い事を考えていた。塾の繁栄、というのが塾の七夕にはふさわしい気がするけどちょっと露骨すぎる。ここは無難に健康や強くなれますように、にしようかしら?小さい頃みたいに本当の願いなんて書けないよね、そう思いながらアユやフトシが書いていた短冊を眺めた。二人の正直な短冊を見ながら小さな子って良いわね、と思いながら思わず笑顔になると、ふと昔の遊矢を思い出した。
 遊矢の父親遊勝が姿を消してから初の七夕前日だった。教室にタオルを忘れた柚子は慌てて塾に戻ったものの、教室や廊下の明かりは消され、薄暗くいつもと違う様子に背筋が凍る思いだった。早く帰りたい、でも忘れたのをバレてお父さんに叱られるのはもっと嫌だ、抜き足差し足をしながら廊下を歩いていると、笹の前にぼんやりと人影が見えた。幽霊かと思い思わず大声で叫びそうになるのを押えながらよく見てみると、笹の前にぼんやり佇んでいたのは遊矢だった。
 こんな時間に何してるの、そう声をかけようとしたが、ゴーグルをはめているのに気付いた柚子は、声をかけるのをためらった。肩が震えている。手に持つ短冊を笹に結ぼうとしては外しを繰り返し、短冊はすっかりしわだらけになっていた。とうとう紐と短冊を結び付ける部分がちぎれ紙切れになってしまったそれを遊矢はぐしゃっと丸め、廊下のごみ箱に捨て入口に走って行った。
 見たら駄目だ、そう分かってはいても何が書いてあるのか知りたい気持ちに抗えなかった幼い柚子は、ごみ箱をあさった。見てはいけないものをコソっと見るのは、子供心にもスリリングで気分が高鳴った。色々なゴミを避けて遊矢の捨てたであろう短冊を見つけると、一瞬躊躇したものの一気に広げた。
 「お父さんがはやく帰ってきますように」幼く拙い字で、けれど心からの願いがそこには書いてあった。遊勝が消えてからも気丈に周りを笑わせるのを目標にしていた遊矢の、誰にも見せられない部分を盗み見てしまい、ゴミ箱にそっと元あったように戻した。何とも言えない気持ちになった柚子は、急いでタオルを取り家に戻った。次の日、遊矢はいつもと変わらず明るくお調子者だった。笹を見たら最高のエンターテイメントデュエリストになれますように、という遊矢の新しい短冊が見つかった。その日柚子は遊矢の顔を真っ直ぐに見ることが出来なかった。
 この子達だって何か複雑な事情抱えてるかもしれない、そう思直し自分の視野の狭さ恥じた柚子は自分の頬をペチペチと叩き、気合を入れた。出来る限り綺麗な笹にしよう。そう思い折り紙に手を伸ばすと、遊矢が近づいてきた。
「これを広げたら何になるでしょう?」
「何だろ?」
「広げてみてください」
 芝居がかった口調で手渡されたそれを開いてみると、細い花びらの5枚付いた花があらわれた。まさかと思って遊矢の顔を見ると、遊矢はウインクしながら頷いた。
「柚子の花って、私のために?凄く嬉しいありがとう」
 思いがけないサプライズに驚き嬉しい気持ちと、昔の遊矢の触れられたくないだろう部分が重なって、また何とも言えない気持ちになった。
「あんまり張り切りすぎるなよ、みんなで楽しみながらやればいいんだからさ」
 そう言いながら楽しそうに飾りを作る子供たちの方に遊矢は戻って行った。本人があの出来事を忘れたわけはないだろう。自分の辛い気持ちを押し込めて人の心配が出来る遊矢の優しさに、遊矢はもう最高のエンターテイナーだよと言いたい気持ちを抑えて慌てて駆け寄った柚子は、みんなと一緒に思い思いの飾りを作り始めた。


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