黄花物語




腰に携える、長い漆黒の鞘。持ち主が歩く度に月光を反射し、異様さと高貴さを醸し出す。


男は、人ひとりいない寂しい夜道で黙々と歩を進めていた。

一歩、一歩、砂利を踏みしめる音にすぐ近くを流れる小川の澄んだ音がかぶさる。


男の顔に表情は無い。何も感じず、何も考えず、目的があるのかないのかわからないような足取り。でも精悍な瞳は一点だけを見据えていた。


ふと、足音が止む。甘い香りが鼻孔をくすぐる。立ち止まった男は表情を緩めると辺りを見回した。



「今晩は、お侍のお兄さん」



若い女の声が響く。
男が川沿いの木に目を向けると、こんな季節には不釣り合いな薄手の浴衣を着た少女が微笑んでいた。


「今晩は。…こんな遅くに出歩くものじゃないよ」


男の言葉に、少女は相変わらずにこにこしながら頷き、返答する。

「お侍さんもね。どちらにお出かけ?」

小首を傾げる無邪気な姿に男が小さく溜め息を吐く。

「さあな。―早く帰りな」

「お侍さんがどこに行くのか、教えてくれたらね」

なかなか頑固な少女に僅かばかり呆れるが、なんとか溜め息だけで抑えた男は短く言った。


「―旅、だよ」

「…旅…?」


「そうさ、だから、行き先は自分にもわからない」


「ふぅん」


納得したように呟く少女の表情に、陰りが見える。

男は再度、早く帰ろ、と促したが、少女はゆっくりと首を横に振った。

男が、ムッとして口を開けば、先に少女が声を発する。


「もう、戻ってこないの?」


「多分。でも、君が気にすることじゃない」


「そうだね」


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