何気ない一日は、




数メートル先に見えるバス停に、バスがゆっくりと停まった。

何人かが足早に降りてくるのを少し高揚した気分で私は見ていた。

黒い鞄を重そうに持つサラリーマン、お母さんに手を引かれる小さな子供、それにブレザーの女子高生。

"彼"が降りてこないまま、バスは発車してだんだんと遠くなる。

角を曲がって見えなくなるまで見送ると、私は空を仰いで溜め息を吐いた。それが白く凍り、ああもうそんな季節なんだなとしみじみ思った。

太陽が沈みかけている。空の青が裾野だけ金色ががっていた。

もう少しすれば茜が混じり、綺麗なグラデーションになる。彼が好きそうだな、と勝手に想像して、なんとなく笑みがこぼれた。

それにしても、遅い。
次のバスには間に合ったのかな。

と、思ったその時、"カノン"が流れ着信を伝えた。私は携帯を慌てて取り出す。案の定、彼からだった。

「今バスに乗ったよ。もうちょっと待っててね」

絵文字も、顔文字も何もない、全く彼らしいメールに先程までの不満が消えていく。

あと十分ちょっと。
今から気持ちが高まって、もうどうしようもいられなかった。



それからまた沈んでいく陽を眺めて、冷たくなっていく空気を感じて、寒いなぁ、なんて呟いたりしてると、またすぐにバスが来た。

私の前を通り過ぎ、すぐ先のバス停の手前でスピードを落とす。

だけど降りてきたのは部活帰りらしい学生達ばかりで、やはり彼は降りてこなかった。

なんだかとても心を踏みにじられた気分だ。

私は文句を言ってやろうと携帯を開くと、同時にカノンが鳴った。

また、彼。今度は電話だった。

「遅い」

通話ボタンを押して、彼が何か言う前に、一言。

「ごめん、」

「やだ、許さん。
それより、今どこなの?」

「もう近いよ。あ、見えた」

すると携帯と、遠くで同時に私を呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると、携帯を持つ手をブンブン振り回しながら走ってくる彼の姿が見えた。

あれだけ怒っていたはずなのに、今は胸が高鳴って、嬉しさがこみ上げてくる。

それでも、私は通話を切ると、できるだけ怒った態度を装って彼を待った。

「ほんとゴメン」

息を切らしながら彼は一番にそう言った。
私は彼が息を調えるのを待って、

「なんでバスに乗ってないの」

と聞いた。

彼はそれに、自慢気な笑みを見せると、言葉ではなく物で答えた。

「これ…」

チョコレート。それも、十二個入りのビターの、アレ。

「待たせたお詫び」

これを買うために、更に私を待たせたのか。

なんて思ったが、幸せな気持ちの方が勝り、引き結んだ口の端が自然と上がっていく。

「…ずるい」

意地っ張りな自分が恥ずかしくて、照れ隠しのつもりで空を見上げると、

「あ…」

空がオレンジと朱が入り混じった夕焼けになっていた。

ふと彼を見ると、同じように見上げて、本当に嬉しそうだった。

しょうがないなぁ、なんて心の中で苦笑して、私もまた夕焼けを眺めた。


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