Chapter 1
風が、一瞬、止まった。
そして嵐を予告するかのように、木々が騒ぎ出し、また静寂が広がった。
「…今度は何だろうね」
果てしなく冷静な少女の、水のように澄んだ声が辺りに木霊した。
しかし、それは遠くから近付いてくる風切り音に掻き消されていった。
フワリ、と少女が飛び降りると同時に、少女が腰掛けていた枝がミシミシ音を立てながら宙を舞い、地面に落ちた。
桃色の花びらが、雪のように降る。
「チッ」
少女の頭上から舌打ちが聞こえた。
見上げると、僅かに残った枝の根元に立つ、人影。
「残念だったね」
無感動に少女が言い、影からは再び舌打ちが聞こえた。
「ッせェ。引き裂くぞ、クソが」
少年と思しき、低く幼い声。
暗くて顔がよく見えないが、その少女の肌よりもずっと白い髪だけは月明かりから確認できた。
「…どの道、殺すくせに」
少女は怯むことなく皮肉を返す。
「…そォだな、」
少年が三日月のような笑みを作るのが見えると、すぐにその姿が消えた。
少女は今自分が立っていた場所から離れると、直後に地面が抉れ、茶色い土が周囲に跳ねた。
それを確認すると、少女は木々に隠れるように走り出した。
「逃げてンじゃねェよ」
少年も、逃げ道を確実に潰していきながら、少女を追いかける。
数秒もしないうちに、少女は追いつかれてしまった。
「遅ェ。…全ッ然、遅ェ」
少年は、少女の腕を掴むと軽く捻りながら、先程いた方向に投げ飛ばした。
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