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「なに、お前俺が好きなの?」
頭上で彼の馬鹿にしたような声が聞こえてきて、僕はますます顔をあげられなくなった。
「ふ〜ん。いいぜ、付き合っても。」
「………………え?」
一瞬何を言われたのか理解できなくて、呆けたように彼を見つめる。
「クク、なにマヌケ面してんだよ。付き合ってやってもいいって言ってんだよ。」
「な、なんで?」
「う〜ん…お前面白そうだから、かな。」
さして興味もなさそうにそう告げると、急に彼の顔が近づいたと思ったら唇に暖かいものが触れた。
それが彼の唇で、彼にキスされたんだと気付いた時には、もう彼は僕の目の前にはいなかった。
「そういえばお前なんて名前だっけ?」
「――っ!?」
同じクラスになってもう3ヶ月がたつのに、今だに彼に名前を覚えてもらえていない事もショックだったが、それ以上に名前も知らない相手と付き合おうとする彼の神経が信じられない。
「…松浦渉です。」
「ふ〜ん。俺は姫咲成也、まぁ知ってるか。んじゃな渉、また明日。」
そう言って手をあげる彼になんとか精一杯の笑顔で応えると、彼が視界から見えなくなると同時にその場へ崩れ落ちた。
(ど、どうしようっ…!)
事の成り行きに頭がついていかない。
(で、でも付き合ってくれるってことは、少しは僕の事を気に入ってくれたってこと?)
この時の僕はまだ何も知らずに、ただただ驚きと少しの躊躇いとそして喜びに満ち溢れていた。
これから始まる地獄のような日々を何も知らずに。