色褪せぬ思い出と歩く




「これ、まだ恵くんと付き合う前の写真だ。覚えてる?」


 細い指を静かに滑るさまを眺めていると、なまえさんにどこか嬉しそうにそう問いかけられた。机に置かれたスマホを二人で覗き込みながら、「覚えてますよ」と返す。洒落たカフェメニューが二人分と、テーブルの向こうには俺の制服の胸元だけが写っていて。写真はもちろん、その時のこともよく覚えていた。

 ひとつ年上のなまえさんは、写真を撮るのが好きだ。二人で行った場所、食べた物。付き合い出して暫くしてからは、不意打ちで撮られてしまった写真や、頼み込まれて撮ったツーショットも沢山ある。
 こうして二人でその写真たちを見返すとき、自分の仏頂面や愛想の悪さが目立ってうんざりはするが、写真の中でも隣でも楽しそうにしているなまえさんを見ていると少し思ったりもする。写真も案外悪くはないのかもしれない、とか。
 
 ──思い出なんか要らないと思っていた。こんな身の上だ、きっとそう思う呪術師も少なくないだろう。
 けれどこの人は違うらしかった。かしゃり、かしゃり、行く先々で軽快なシャッター音が聞こえる。写真好きなんですか、あるとき俺がそう訊ねると、なまえさんはこくりと頷いて。それから、「ひとつでもたくさん、恵くんとの思い出がほしいから」と照れくさそうに笑っていた。そんな姿に、俺はきっと随分と絆されている。


「またこのお店行きたいね」


 俺の手には、自分のスマホが握られていた。お飾りみたいなカメラ機能を起動していると、返事がないのを不思議に思ったのか、頬杖をついたなまえさんが「恵くん?」と丁度こちらを向く。おもむろにスマホを向けた。

 かしゃり。

 小気味いいシャッター音が響いて、きょとんとしたあどけない表情が切り取られる。つい口角を上げる俺を、なまえさんはしばらく呆然と見つめていた。


「……えっ、待って恵くん、いま撮った!?」
「まぁ」
「えっだめだめ! すごい気抜いてたもん、間抜けな顔してるよ、消して!」


 予想以上に慌てた様子でスマホに飛びつこうとするから、ひょいと上に躱してやる。俺に飛び込むような格好になった身体を抱き止めながら、「嫌です」と返す声には少し笑いが滲んでしまった。


「なんでぇ……」
「なまえさんは頼んでも消してくれなかったでしょ」


 ばつが悪そうに唸りながら腕から抜け出そうとするのを捕まえて、カメラロールに指を滑らせる。さっき見た通り、目を丸くした可愛らしい表情がそこにはあって――なんだか、いつも俺を撮りたがるその気持ちが少しわかったような気がした。


「だって……恵くんはいいじゃん……」


 抵抗をやめたらしいなまえさんが、いくらか大人しくなってそう呟く。拗ねたような響きに「何がですか」と返してやると、少し押し黙ってから。よりいっそう縮こまりながら、「だって……」と繰り返す。


「…………いつも、かっこいいもん……」


 その言葉に、只でさえ密着して強張っていた身体が、かっと熱くなった。思わぬタイミングでカウンターを食らって、どくどくと鼓動が激しさを増していくから、ため息でごまかそうと試みる……けれど。上手く、いかない。

 ……本当に、この人は。にこにこ写真撮ってるまさにその時、そんな事考えてたってことかよ。
 嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない感情が迫り上がってきて、咳払いにして吐き出した。なんつーか、言われっ放しは癪にさわる。眉間に皺を寄せながら言葉を探した。


「……お互い様、じゃないですか?」
「ん、え……?」


 なまえさんのほうも恥ずかしいことを言った自覚があったのか、髪からのぞく耳はほんのり赤い。
 ……でもお互い様だ。揶揄ってやるような余裕もない。喉まで上がってきた言葉がじわじわと顔に熱を集めて、「俺だって」そう吐き出すと心音はさらに煩くなった。


「……いつも可愛いと、思ってる」


 びくり、小さな肩が跳ねる。「そういうこと言うの無し……」そう小さくこぼすから、「先に言ったのなまえさんだろ」なんてぶっきらぼうに言い返してやった。


 ひとつでもたくさん、思い出がほしい。……その意味が、その気持ちが、やっぱりわかったような気がした。きっとこの写真を見るたびに、俺は今この瞬間のことを思い出せるんだろう。忘れ去ってしまいそうな一瞬が切り取られて、手元に残るんだろう。幸せも嬉しさも小っ恥ずかしさも引っくるめて。
 なまえさんのフォルダに居た仏頂面の自分を思い出しながら、次からは少しくらい愛想良く写ってみようか、なんて。らしくないことをほんの少しだけ考えた。


20200129
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負
お題「思い出」




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