もしも、たとえば、万が一




「最近オマエら仲良いな。付き合ってんのか?」


 自販機の前で話し込む私と伏黒くんに、真希ちゃんがおもむろにそんな言葉を投げかけた。

 どっ、と血液が沸騰するような感覚。私の前に立つ伏黒くんが目を見開くから、慌てて視線を逸らした。つ、つきあ……付き合って……え? 誰と誰が? わ、私と、伏黒くん、が? 慌てて真希ちゃんを見遣ると、軽く壁にもたれかかって口角を上げている姿が映る。なんだか様になっていてかっこいい……かっこいいけど。


「ま、真希ちゃ、何言って」


 そもそも私たちはただの先輩と後輩だ。今だって、そう、次の任務の話をしていただけ。
 言われてみれば、なんだか最近一緒に過ごす時間が増えてきたような気はするけれど……なんだかその、そういうのじゃない。こんな勘違い、伏黒くんにだって申し訳ないよ。

 ……そういうのじゃない、よね。相変わらず何故か楽しそうな真希ちゃんから、再び伏黒くんの方に視線を戻す。するととっくに逸らされていると思っていた瞳は、まっすぐ淀まず私を射抜いたまま留まっていた。


「まぁ……そうだと、いいんですけどね」


 低く、ぼそりと。ひとりごとみたいに言い終えて、伏黒くんは俯きがちに睫毛をとじ合わせた。頬に薄く落ちた影、それにぼんやりと気を取られていると、「だってよ」と真希ちゃんが私を見る。


「……え、」


 混乱の中で心臓だけがうるさかった。まったく頭はついてきやしない。どくどく、耳まで響く心音にかき消されそうな声で「じゃあ、すいません」なんて曖昧な挨拶を残して、伏黒くんは歩いて行ってしまう。どんどん小さくなる黒い背中に、どうしたらいいのかわからなかった。


「良かったな」
「え、え……?」


 眼鏡の奥で目を細めて笑いながら、真希ちゃんが近づいてくる。ぽん、と肩を叩いて「だってなまえ、恵のこと好きだろ」なんて言うから、一瞬で身体に熱がまわった。
 まるで。探していた最後のピースが、かちりとはまってしまったみたいだった。ずっと宙ぶらりんだった気持ちを引き摺り出されて、それは確かなかたちになって。そのうえ伏黒くんは、真希ちゃんのあの質問に──


「え……ど、ういう、こと、かな」
「さぁな。自分で訊け」


 真希ちゃんどうしよう、そう私が縋り付くのを見越したみたいに、「頑張れよ」と真希ちゃんは歩き出してしまう。伏黒くんと正反対の方向に。


「あ、真希ちゃん、まって!」
「こっち追いかけて来んなよ」


 ひらひら手を振った真希ちゃんは、つめたく聞こえるそんな台詞を暖かく寄越してから、足早に遠ざかっていく。


「どうしよう……」


 ひとり残されたその場所で、熱くなった頬に手を当てる。無機質な自販機の音につつまれながら──思い出してしまうのは、伏黒くんのこと。向けてくれた表情、してくれたこと、かけてくれた言葉、そこに確かにあった思いやり。

 そんなわけない、って。勘違いだと、見て見ぬふりをしてきたのに。今さら気付かされたそれらに勢いよく呑み込まれながら、ゆっくり、ゆっくりとつま先の方向を定める。ローファーとアスファルトの擦れる音が、やけに大きく響いていた。


20200203



prev next
back


- ナノ -