あわくただよう遠霞

「ねえ、私なんかのどこがよかったの?」

 秋風に揺らされる、羨ましくなるほどきれいな髪を眺めながら問いかけてみた。無一郎の傍に居るようになって、もう随分経つけれど。どこが好きだとか、そういえばそんな話をお互いにしたことがなかった。
 興味本位に、甘い言葉をくれやしないかという淡い期待をちょびっと混ぜたその質問。けれどそれは「さあね」なんて、1秒にも満たない返事であっさり叩き落とされてしまった。「ひどい」と口を尖らせてしまう私をちらりと見遣ってから、「なにが」と無一郎は笑った。

「そんな顔しないでよ、なまえ」
「無一郎が乙女心を軽くあしらうからだよ」

 足元に都合よく転がっていた小石を軽く蹴ると、ぶらぶらと振っていただけの右手をするりと取られる。すこし冷たいその左手に握り込まれながら、ゆっくり顔を上げた。

「少なくとも。僕は、なまえじゃないともう駄目だよ」

 視線を絡ませながら「それだけじゃ不満?」と、無一郎は口元を優しくゆるめた。小さく首を横に振る。うん、そうだよね。「言われてみれば私もそうかも」と笑い混じりにこたえると、「そうでしょ」と無一郎は目を細めた。ずっと遠くで、今にも夕陽が沈もうとしている。



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