君の心に追いついた

「善逸は……」

 おもむろに切り出した私のことばに、善逸は「なぁに?」と振り返った。その口元は弧を描いていたけれど、私と目を合わせると程なくして引き結ばれてしまう。いくらか調子の落ちてしまった声で「……どうしたの?」と彼は言った。
 善逸のことだ、きっと明るくはない私の音を聴いてしまったのかもしれない。それとも、どうしたって暗く沈む表情のせいだろうか。けれど今は、そんなのどちらだって良かった。

「どうして……私なんかと、一緒に居てくれるの?」

 はっと目を見開く善逸から、視線を外した。常日頃思っていたことだった。可愛い女の子を追いかけてばかりいた善逸が、今は私だけを見てくれていること。幸せで嬉しい筈なのに、どうしてか判らなかった。自分にそんな価値があるとは、思えないのだ。

「……ごめんね。不安にさせた?」

 うなだれたまま腰掛ける私の前に、善逸がしゃがみこむ。空っぽだった私の手をそっと取ってくれた。両手で柔く包み込まれて、「ね、こっち見て」と優しい声色が届く。恐る恐る視線を起こすと、澄んだ琥珀色が私をじっと見上げている。とても、真剣に。

「うまく言えないんだけど」

 おどおどと泳いでいることの多い目は、今はその一端も覗かせなかった。

「俺が聴いていたいと思うのは、なまえの音だけなの」
 
 とくん、小さく心臓が跳ねて、真っ直ぐだった視線がゆるんだ。「ほら、今みたいな嬉しそうな音とかさ」そう言って甘く微笑む善逸の温もりが、ゆっくりと沁みわたっていく。


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