三十八度できみを知る




 ふらふらする。朝からなんとなく視界がぼやけて、頭もちょっと痛いし、もしかしなくてもきっと熱がある。でも今日は課題の提出日で、遅れると色々面倒な先生だし……それに、これくらいで休むわけにはいかないと、なんとか登校したけれど。


「……みょうじさん、大丈夫?」


 二限目が終わり、休み時間。三限目は目的の課題提出の授業だ。けれど頭がゆれる感覚がだんだんと強くなってきて、つい机に突っ伏してしまったところ、途端に前からそんな声が降ってきた。慌てて顔を上げると、前の席に座ったまま振り返った沢田くんが、私のほうをじっと見ている。


「ん、あー、えっと」
「朝からずっと、しんどそうだけど……」
「え……そう、かな」


 驚いた。幸か不幸か体調不良があまり顔に出ない方だったらしくて、挨拶を交わした友人たちにはなにも言われなかったのに、沢田くんには気付かれていたんだ。


「大丈夫だよ、ちょっと眠いだけで……」
「……ほんと?」


 疑ってくるみたいな視線に、ひとつ頷こうとすると。するりと伸びてきた手が、軽く前髪を掻き分けてしまう。ぼうっとした頭ではさしたる反応ができなくて、あろうことかそのまま、おでこと手のひらが柔く触れ合った。


「やっぱり。熱、あるよ」
「う、え!?」


 なんでもなさそうに手を引っ込めてそう言う沢田くんに対して、私のほうはそれどころじゃなかった。
 手のひらの感触とか、すこし冷やりとして心地の良かった温度とか、袖口から軽く香った、その、沢田くんの匂い、とか。浮かされた頭じゃうまく処理しきれないその全部に、ばくばくと心臓が跳ねて、元々ほてっていた頬がさらに熱くなって……頭、もっと痛くなってきた。


「ほら、顔だって赤い……し……」


 そこまで言ってから、沢田くんははっとしたように目を見開いて。彼の顔も、またたく間に赤く染まっていく。
 がたん! と大きな音が響いて、沢田くんの赤い顔が視界から消える。投げ出していた手首を掴まれてやっと、彼が勢いよく立ち上がったのだとわかった。


「ご、ごめんね、でもその、ほっとけないっていうか」
「う、うん……」
「オレついてくから、保健室行こう」
「あ、えと、課題……」
「ああ、三限目の……机の中にある? オレが先生に言って出しとくよ」


 優しく「立てる?」と声をかけてもらいながら立ち上がると、ぐらりと目の前がゆれる。それから、たぶん。沢田くんの椅子が倒れていて、その音のせいもあって、周りの視線が刺さってくる、気がする。

 そのうえ微かに「ダメツナのくせに」なんて聞こえてきて。ねえ、沢田くんはダメツナなんかじゃないよ。でも言い返す元気も出ない私は、沢田くんの手にゆるく引っ張られながら、よろよろと教室を出た。



 人のまばらな廊下で半歩うしろを歩きながら、柔らかなブラウンからすこしだけ覗く、赤くなった耳をぼんやり見つめた。手首をつかんだままの手のひらは、さっきおでこに触れられた時よりも熱い気がする。


「……強引にごめんね。でもなんか……ほっといたら、もっと無理しそうで」
「……ううん。あの、ありがとう」


 きっと照れくさいだろうに、私のことを心配して助けてくれた。それに世話焼きで、意外と強引。知らなかった一面を見せてくれた沢田くんが、くるりと振り返る。その照れたみたいな笑いかたも、教室では見たことがなかった。

 どうしてかな。保健室、まだ着かなければいいのに、なんて。そんなことを思ってしまうのは。




20201019
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「強引」





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