りんごあめ

みょうじちゃん、明後日俺と夏祭りデートでもどう?

そう声をかけられたのはおととい、バイトが終わった直後のこと。
有名大学に行っているらしいバイトの先輩、赤羽さん。
まだ高校生の私にとってはなんだかとっつきにくい人だったけど、何かとよくシフトが重なったし、その重なったときにはここぞとばかりにちょっかいをかけてきた。
なるほど、 これは夏限定のちょっかいだな。そう心の中でつぶやいてから、赤羽さんに向き直る。

「ははー、赤羽さん。デートのお誘いでからかおうたって無駄ですよ」

眉間に皺を寄せて呆れたような顔をする赤羽さんに、さらに言葉を投げかける。

「それにこの前、別の先輩に誘われてるとこ見ちゃいましたからね。もう実は行く相手が決まってるのに、私を頷かせてから…」

からかおうって魂胆でしょ。そう続けようとしていた私の言葉は止まった。
私が胸ポケットに刺していたボールペンがいつの間にか抜き取られ、顔の前に突きつけられていたから。

「ごめーんみょうじちゃん、言うの忘れてた。返事はYESかはいしか受け付けてないから」

声は楽しそうで、口角も上がっているのに、目が笑っていない赤羽さんに、背筋がすっと冷える。
下手な怪談より涼めそうな目線だ。

「は、はい…」

選択肢の後者をとって頷いた私に、満足そうに笑った赤羽さんは私の胸ポケットにペンを戻した。
ぺったんこだからペン取りやすいね、なんて言って踵を返した赤羽さんをばれないように睨みつけてから、ボールペンを胸ポケットから腰のエプロンに取り付けられたポケットに移動させた。

「あっ、赤羽さん」

男子更衣室に入っていこうとする彼を呼び止めると、首だけこちらに向けてくれた。

「ん?」

「私、浴衣とか持ってないんですけど、いいですか」

「あー、別にいいよ。でももったいないね、浴衣は胸が小さい方が綺麗に着れるっていうじゃん」

それはそれは楽しそうに口角を上げると、引きつった笑いを浮かべた私を見てクスッと笑い、なにか声をかける間もなく更衣室の中に入っていってしまった。







「赤羽さん!」

駅前で6時に待ち合わせね、というメッセージにスタンプを返したのは昨日のことだ。
17:50着の電車に乗って駅を出ると、赤羽さんはもうそこにいた。

「すみません、遅くなっちゃって」

「いや、6時って約束だし、気にしなくていいよ」

ふっと笑って、行こっか、と歩き出す。
駅には浴衣の人がたくさんいて、小学生の頃から着ていない水色の浴衣のことをふと思い出した。

「みょうじちゃんさあ、同級生で仲いい男子とかいないの」

おぼろげに思い出していた浴衣を消したのは赤羽さんの声。
顔を斜め上に向けると、楽しそうな顔をした赤羽さんがいた。

「うーん、そうですね、あんまり話さないですね」

「ふーん、じゃ、好きな人は?」

なんだなんだ、早速恋バナですか。
修学旅行の夜のようなテンションに若干身を引きつつ、少し考えてから答えた。

「いないですね…」

「へえ、意外。みょうじちゃんって恋バナとか好きそうなのに」

「たしかに好きですよ、だけどどうしても好きな人ができないんですー。私は彼氏ほしいというより、好きな人がほしいですよ」

唇を尖らせて言ってみせると、赤羽さんはさっきよりも深く微笑んで、目尻に皺を寄せた。

「赤羽さんは好きな人いないんですか?」

「んー、俺?」

「そう、俺」

軽く聞き返すと、赤羽さんも少しだけ考える様子を見せてから、いるよ、とこっちを向かずに答えた。

「赤羽さん、んんっ!」

そんな赤羽さんの横顔を見つめていた私は足元にあった石に気づかず思いっきり躓く。
危うくこけそうになったところで、赤羽さんにぐっと手を握られてなんとか倒れる事は免れた。

「前見て歩きなよみょうじちゃん」

「す、すいませーん…」

「俺の好きな人いる発言に動揺しちゃったりとかしたー?」

私から手を離すと、いつもの悪戯を楽しむ子供のような顔で私の顔をのぞき込むから、ため息をつきながら顔の前で手をひらひらとさせてみせた。

「なんでそんなことで動揺するんですか」

「なんとなく」

笑った赤羽さんから目を逸らすと、そろそろ屋台の道が始まるところに立っていることに気づいた。

「赤羽さん、なにか奢ってください」

ほんの冗談のつもりで赤羽さんを見て言うと、一瞬目を見開いてから、ふっと口元を緩める。

「まあ言われると思った。冗談のつもりだろうけど何か1個なら奢るよ」

「えっ、本当ですか!?りんご飴買ってください!」

すぐ近くにあったりんご飴の屋台を指さすと、おっけー、と彼はそっちに歩いていった。
彼が屋台に歩いていってりんご飴を買う間、私はずっと彼の背中を目で追っていた。
ほとんど無意識に。
はっと気づいた時には赤羽さんは飴をひとつ手に持ってこっちに歩いてくるところで、包装も何もされていないそれを私の前に差し出した。

「あっ、ありがとうございます、」

一瞬だけそれをぼーっと見てしまって、慌てて手を差し出すと、それはひょいっと上に上げられた。

「あ、赤羽さん…?」

彼は何も言わない。
私のりんご飴を掴むはずだった手は行き場をなくして宙をさまよい、そのまま虚しく空気を掴み続けている。
お互いの目を見つめあって、すごく長い時間が経ったように錯覚したその瞬間、赤羽さんはその綺麗な唇を開いた。

「好きな人欲しいなら、俺のこと好きになってみれば?」

「え、」

真剣な表情の赤羽さんに、からかわないでくださいよー!なんていつもみたいに言えなくて、私は「え」と言った口の形のまま固まる。

「そしたら、好きな人だけじゃなくて彼氏もできるけど」

私とて頭が空っぽなわけじゃない。
うまく赤羽さんの言葉を繋げて、それを理解した瞬間、かっと顔が熱くなるのを感じた。
うそ、私、いま、顔赤い?生まれてこの方、赤くなったことなんて、無いのに。
おもむろに赤羽さんはりんご飴を私の顔の高さまで下ろしてきて、私の顔の横に並べた。

「りんご飴とそっくりじゃん、顔真っ赤」

何か言おうと開いた唇を、赤羽さんの持っているりんご飴に塞がれて、口の中に甘ったるい味がじんわりと広がった。



20160824


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