去年みんなと行ったお祭り。
先生に誘われて、慌てて浴衣を着て、慌てて家を飛び出したっけ。
懐かしさに目を細めながら、鏡に映る自分を見た。
高校生になったから、とお母さんが新しい浴衣を買ってくれたから、去年とは別のもの。
去年、まだ付き合っていなかった彼に褒めてもらえた浴衣は、押入れの中だ。
付き合い出してからだいぶ経って、二人で会うのなんて今更構えるようなことでもないのに、なぜだか少し緊張してしまう。
深呼吸をひとつすると、呼び鈴が音を立てた。
悠馬くんのお迎えだ。
「お待たせ、なまえ」
「うん、ありがと」
家の門を出て、それを閉めると、悠馬の手が差し出される。
その手を取ると、悠馬はにっこりと笑った。
「去年と違うやつだな」
「う、うん、新しいの、買ったの」
「そっか」
そう言ってから、悠馬はひとつ咳払いをして、前を見たまま、「似合ってる」と小さな声で言ってくれた。
「あ、りがとう」
お祭りの会場は私の家からはすぐで、少し歩いただけで屋台街にたどり着く。
「ねえねえ」
繋いだ悠馬の左手を引くと、彼は振り向いてくれた。
「ん?」
「食べたいものある?私が買ってあげる」
そう言って胸を張ってみせると、悠馬は笑った。
今日は普段の恩返しも込めて、彼になにか買ってあげようと思って来たのだ。
「いや、いいよ。女の子に奢らせるのはちょっと」
予想通り、悠馬は困ったように笑って顔の前で手を振るが、それで引き下がるわけにはいかない。
「奢るんじゃないよ、プレゼントするの」
「…じゃあプレゼントされようかな。なまえは言い出すと聞かないし」
「やった!」
ぐっ、とガッツポーズを決める私を呆れたように笑って、悠馬は屋台を見回し始めた。
「んー、じゃあ、たこやきにしようかな。なまえも食べれるし」
悠馬らしい理由のチョイスに笑ってから、一番近い屋台に足を運んだ。
「たこ焼きといえばさ、去年は殺せんせーが屋台やってたよね」
「うわ、懐かしいなー。なまえ、殺せんせーからたこ焼き買ってたよな」
「そういえばそうだった」
一年前のことなのに、不思議と遠く感じたりする。
でもその不思議な時間のおかげで、私たちは今こうして一緒にいる。
「だって俺が告白したときのなまえ、唇に青のりついてたからな」
「え!?そうだったの!?歯はチェックしてたのに…唇は不覚…」
夏祭りから付き合い出した私たちは、殺せんせーの格好の的だった。
だけど今はそれすら懐かしくて、愛しい。
「6個入りひとつください!」
「はいよ」
鮮やかな手つきでパックに詰められたたこ焼きを受け取って、私たちはまた歩いた。
そうして、少し人気の薄れたところに腰掛ける。
去年告白された場所だった。
「悠馬、食べさせてあげよっか」
「おー。じゃあお願いしようかな」
楽しそうに笑う悠馬を見てから、たこ焼きを半分に切って、ふーふーと冷ます。
そのまま口に運んであげると、おいしい、と微笑んだ。
「なまえも食べろよ」
「えー、でも」
「いいから」
そう言うと悠馬は私の手からパックとお箸をひったくって、残りの半分を口に運んだ。
悠馬の手元がちょっとだけ揺れて、唇についた感じがしたけど、もう熱くはなかった。
「ん、おいしい」
「絶対一緒に食べたほうが美味しいだろ」
そう言って笑った悠馬に笑い返すと、彼は何かを言おうとして、言い淀む様子を見せた。
「どうかした?」
「いや、…青のり、ついてるから」
「え、うそ、はずかしい、」
「…俺が取るよ」
そう言って彼の手が私の唇に伸びる。
自分の鼓動がドキドキと耳まで響いているのがわかって、思わずぎゅっと目を閉じる。
すると唇に触れるはずだった彼の手は私の頬に届いて、そのまま、唇に指ではない何かが触れた。
それはすぐに離れて、私がゆっくり目を開けると、耳まで真っ赤にする悠馬の横顔が見えた。
「ゆ、悠馬、」
「ごめん、…青のりは、ウソ」
そう言ってまた俯いた悠馬の左手が、地面につけられているのが見えた。
少し震える手でその手を握ったとき、花火が上がった。
20160812
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