普段着ない浴衣を夜一さんに着付けてもらって、下駄も三日前ぐらいから履き慣らして靴ずれ対策をして、髪型も練習していたものを再現できた。
夏祭りデート、準備完了。
意気揚々と浦原商店を出ようとして、一番大事な忘れ物をしたことに気づく。
「あ、喜助さん忘れた」
「いやいやなまえサン、デート相手じゃないスか」
後ろから聞こえた声に振り向いて、私はがちりと固まってしまう。
てっきりいつもの甚平で来ると思ったら、いつものあの帽子はなくて、紺色の浴衣をさらりと着こなして、下駄を鳴らすかっこいい人が立っていたから。
「き、喜助さん」
「はあい」
「ゆ、浴衣、似合ってるね」
「なまえサンの方が似合ってますよ」
さらりと返されて恥ずかしさから俯くと、喜助さんに手を取られた。
行きましょっか、と言う喜助さんについて歩き出すと、いつも一人分しかない下駄の音が二人分になって、なんだかすごくわくわくした。
どん、どん、響く太鼓の音や、がやがやとした人混みの音が近づいてきて、「お祭り」を実感させる。
暗くなり始めて、それと同時に盆提灯が辺りを照らして、朱色の影絵をつくった。
「そういえば、今日はお昼遅かったっスから、あんまお腹空きませんね」
「あ、たしかに……まさかテッサイさん、これが狙いで…」
「…策士っスねぇ…ジン太と雨が屋台で馬鹿食いしないための予防線ってやつっスね」
喜助さんが口元に拳を持っていって笑うから、つられて私も笑った。
「簡単なおやつでも食べて帰りましょうか」
「そうだね」
ふらふらと屋台街を歩いていると、どれもきらびやかで胸が高鳴った。
目移りしながらも、はぐれないように手をしっかり繋いで歩く。
「なまえサン、くじ引きとかやらなくていいんスか?」
「ああいうの全然当たらないもん」
「んー、射的とかは?」
「下手だしちょっと」
「千本釣りとかどうです?」
「絶対当たり入ってないよ」
「なまえサン…」
呆れたように私を見る喜助さんの背中をべしっと叩くと、痛い!と抗議の声があがる。
「なんで叩くんスか!なまえサンが夢のないことばっかり言うのがいけないんスよ」
「はいはい、どうせ夢がない女ですよー」
「なにもそこまで言っちゃいないっスよォ」
そう言って喜助さんはふわりと笑う。
なんだか、その柔らかくて甘い笑顔を見ていると、何かが食べたくなる。何か…
「あ、喜助さん、私わたがし食べたい」
「おー、いいっスねえ。屋台、探しましょうか」
手を繋いで歩いていると、途中キャラ物の袋に入ったわたがしを見つけるが、それではないと首を振って歩き続ける。
「お、ありましたよ、なまえサン」
「あ、ほんとだ!」
喜助さんの手を引いて屋台に駆け寄り、わたがしをひとつ買う。
少し手でちぎって食べると、柔らかくて優しい甘さが口に広がる。
「美味しいっスか?」
「うん、美味しい」
「それならよかった」
にこりと微笑む喜助さんの笑顔は、やっぱりわたがしみたいだ。
でもそんなことを口にするのは恥ずかしいし、内緒にしておく。
「喜助さん、たべる?」
「少しだけもらいましょうかね」
少しちぎって口元へ持っていくと、口が開いて、赤い舌が出てきて、わたがしを持っていってしまった。
その光景にどきりとして思わず手を引こうとすると、少し砂糖がついているであろう指を喜助さんに舐められ、びくりと肩が震える。
「なまえ、かーわいい」
そう言って笑う喜助さんは柔らかいわたがしからかけ離れていて、甘さを取り戻すために、慌てて口にわたがしを放り込んだ。
20160814
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