SSつめあわせ

短夜

「俺さ、夏の夜の匂いって、なんだか苦手だ」

ちりん、と柔らかい音が、俺の鼓膜を叩いた。それは所在なく揺れる風鈴か、隣に腰掛ける彼女の心が転がる音か。肌を撫でる生温い風は、俺たちに分け隔てなく季節の匂いを運んでくるのに、抱く思いを同じにはしてくれやしない。

「どうしてか、訊いてもいい?」

彼女が身動いだからか、床板がほんの少し軋んだ。その音につられるみたいに右隣に視線を遣ると、月影で微かに輝く瞳が、よりくっきりと黄金色を映す。

「…お祭りが終わるとさ。皆帰っちゃうだろ」
「うん、そうだね」
「その後、がらんどうになった場所の、音とか。そんなのを思い出す、匂いでさ」

こんな馬鹿げた言葉まで、念入りに、じっくりと。咀嚼して考え始めた、どこまでも俺に甘い彼女から、緩慢な動きで目を逸らした。

…ちりん。これは、心の音だ。暖かで柔らかいその音が、しっとりとした夜の温度を上げていく。

「…ね、善逸。今年のお祭りの後は、二人で続きしようか」
「…続き?」

耳を澄ますと、ちりんちりん、涼やかな音が俺達を包む。ああ違う、ちょっと静かにしていてくれよ。彼女の音が聴こえないだろうよ。

「そう。帰ってから、焼きそばだってかき氷だって作ってあげる。それから私と善逸、二人っきりで線香花火なんかするのも、良いと思わない?」
「…ん、なんか、楽しそう、かも」

取り上げてしまっていた視線を返すと、「そうでしょ、きっと楽しいよ」なんて彼女が笑う。

「善逸の悲しいこと、寂しいこと、私が貰ってあげるね。ゆっくり、一個ずつになっちゃうけど、いつかきっと、全部ちょうだい」

やさしい、やわらかい、あったかい。いつかの俺が焦がれた全部を、欲張りに詰め込んでしまったような、鮮やかで、いっとう眩しい音がする。
彼女はいつだって、長い夜から俺を掻っ攫っていく。ほら、今も、頷きさえできない俺を。

「ほら、戻ろう。いくら夏だって、こんなにもお外にいたら冷えちゃうよ」

ちりん。ああ、もう大丈夫。所在なく揺れるのは、短夜の沈黙に溶ける、小さな風鈴だけ。

なあ、大丈夫だよ。そんなとこでいつまでも泣いていなくたって。夏の夜って案外短いんだぜ、俺が思っているよりもさ。








浦原短編のネタを善逸バージョンにリメイクしたものなので、一応こちらに…短編ページに載せるかもしれないのだけど



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