オペレッタがはじまる
「……よく、来てくださってますよね」いつも通りに注文を取り終えて、普通なら直ぐに厨房に下がってしまうところ。けれど思い切ってその常連さんに声をかけてみると、ふわり、柔らかそうな茶髪が揺れた。顔を上げたそのひとの、あたたかな光を湛えた瞳と視線がかち合う。
「ああ、覚えてくれてたんだ」
軽く返事をしながら、ずいぶんと上等にみえるスーツの、そのベストにこっそりと目を向けた。ベストだけじゃない。身につけているものは恐らくどれも上質だ。身なりも整っているから、こんな街はずれのトラットリアにわざわざ通うような方にはみえなくて、少し不思議な印象が私の中にしみついていた。
私がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、「嬉しいな」と彼の形のいい唇が動かされて、弧を描く。
「……嬉しい、ですか?」
「だってオレ、君がいるから来てるんだ」
え、と声をこぼすと、向けられたのは甘ったるい微笑み。細められた目の奥の、蕩けそうな飴色に胸が高鳴る。「それは、どういう……」戸惑いから問い返してしまうと、はは、と吐息まじりの笑い声が響いた。
「伝わらないか……困ったな、」
一度ことばが切られて、静かな店内の空気が私たちのあいだを通り抜けていく。何か言おうと息を吸い込んだけれど、それはあつい視線に堰き止められて形にはならなかった。
そして。さっきよりも幾らか低い声が、私の胸に突き立てられる。
「口説いてるつもりなんだけど」