いいこ、わるいこ、かくれんぼ



※現パロ、家庭教師と教え子
※善逸の性格が良くないです




「こんにちは〜」
「先生!こんにちは」


白を基調とした、綺麗に整頓された部屋の真ん中で、椅子から立ち上がって少し硬い笑顔で頭を下げる女の子に、俺はにこりと微笑みかけた。首元まで留められたボタンや、ぴっちりとプリーツの揃った膝丈スカートが、彼女の性格をよく表している。


「ごめんねえ、遅れちゃって。ちょっと講義が長引いて」
「いえいえ!私は大丈夫です」


どうして大学生の俺がJKの部屋にいるのかって、俺は家庭教師のアルバイトをしていて、この子が俺の担当生徒、つまり教え子だから。すっかり定位置になった場所に腰を下ろすと、彼女も学習机の椅子ではなくて、ローテーブルを挟んで俺の前に丁寧に正座した。

元々人に何か教えるのは嫌いじゃない俺は、このアルバイトを結構気に入っていた。給料も悪くないし、伺ったおうちでちょっと良いおやつを頂けることも多いし。それから、こうして合法的にJKとお近付きになれたりするから、少なくとも前に働いていた居酒屋よりはずっと良い。あの頃は、タバコの匂いが否が応でも全身に付いて憂鬱だったけど、今はJKの部屋の香りを纏って帰れるんだから、本当に雲泥の差だよな。これを炭治郎に言ったら、別の生き物を見るような目で見られたけどね。本当のことだからしょうがない。

それから、さ。どうしてか女の子っていうのは歳上の男に興味があるのか、目の前の彼女から俺を意識するみたいな音が聴こえるのが、ちょっと気分が良い。講義が長引いたなんてのは嘘で、今さっき、大学に入ってから記念すべき10人目の彼女に振られてきたばっかりの俺にとっては、それは心地の良い響きだった。ちなみに、「善逸、私のこと本気で好きじゃないんでしょ?」なんて10人中7人から言われたセリフをぶつけられて、そうかも、と答えたら、10人中3人が喰らわしてきたビンタを今回も頂いてきた身だ。
俺は俺なりに、好きになろうとはしてるんだけどね。どうやら付き合い出すと興味が失せるのが毎回バレてしまうらしくて、ちっとも長続きしない。でもさ、好き好きって音を出してきてるのはあっちだし、抱かれたいって音までさせてくるからお望み通りそうしてるのに、思うような反応が返ってこなかったから当たるなんて、結構酷いんじゃない?付き合う前に抱いたことはないし、そんなに最低だとは思えないんだよね。そう考えると、ちょっとだけ俺って可哀想かも。


「…先生?」
「あー、ごめんね。えーっと、今日は英語だよね」


俺を覗き込む、まん丸な瞳。キラキラ輝くそれはまるで、ラムネ瓶の中で転がるビー玉みたいだ。どぎついアイラインやつけまつげなんかも付いていない、あっさりしているのに可愛らしい目元。それに頬だって、何も塗っていないだろうに見るからにすべすべで、ほんのり紅くて血色が良い。柔らかそうな唇には当然、べとべとしたグロスなんかは乗っていない。

彼女が奏でる、弾むみたいな柔らかで透き通った音を、俺はよく知っている。自惚れじゃなくて、明らかに俺への好意だ。英語のテキストをぱらぱらと捲りながら、箸休めにつまみ食いしてみようかなあなんて考えて、背徳感で背筋がほんの少し震えた。


「ねえなまえちゃん、彼氏とかいないの?」
「えっ…?」


ビー玉に俺が映り込んで、揺れる。どきん、と跳ねた心臓は正直で、その反応だけでいないことを確信したけど、一応言質を取っておこうとまた口を開いた。


「いやほら、現役JKってやつでしょ?青春真っ只中じゃん。彼氏ともっと遊ばなくていいのかなーって」
「あ、あの、授業時間ですよ…」
「いーの。先生が雑談するような時間、学校でもあるでしょ?」


居心地悪そうに目を泳がせながら、ほんのり色付いていた頬をより紅く染める彼女。もう自分の周りじゃあんまり見なくなった新鮮な反応に、つい胸が躍ってしまう。「で、どうなの?」と畳み掛けると、えっと…と口籠った後に、「いないです」と消え入りそうな声がこぼれ落ちた。


「ふふ、そう。なんでそんなに照れてんの?彼氏いたことないとか?」
「…う」


わかりやすく固まった彼女に「そっかぁ」と優しく声を掛けて、「じゃあ、好きな人はいるの?」なんてまた問い掛けてみる。意地悪なのは百も承知だけど、こうも可愛らしい反応されちゃうと、ね。やめらんないでしょ。


「…います」
「へーえ」


てっきり否定されると思っていたから少しびっくりしたけれど、こりゃむしろ都合が良いなと、勝手に口角が上がる。どくどく跳ね回る彼女の心音が鼓膜を揺らす中、「その好きな人、彼氏にしたいと思わないの?」と追い討ちをかけてやると、またわかりやすく動きを止める彼女。


「ふふ、あのさ。俺に応援させてよ、なまえちゃんの恋」
「…へ?」


顔を上げて、こてん、と首を傾げる彼女。これを無自覚でやるんだから、初心なJKは凄いよなぁ。まるで天然記念物でも見たような気分になりながら、「えっとね、」と頭の中にレールを敷いて、走っていく。


「見たとこ、大分あがり症なんでしょ?好きな人と話すとき、緊張しちゃって上手く話せない、とかない?」
「あ、あり…ます…」
「うんうん、やっぱね。つらいよね、そういうのさ」


こくこくと静かに頷く彼女は、ちゃんと敷いたレールに乗ってくれている。教科書のページを押さえる小さな手に自分のそれを重ねると、鼓膜に痛いぐらいの心音が飛び込んできた。


「じゃあさ、俺とお試しで付き合ってみない?」


どくどくどく。早くなった彼女の脈拍を上機嫌に聞き流してから、とびきり優しい笑顔で彼女と目を合わせる。


「な、なに言って…」
「今、俺に対してもかなり緊張してるじゃん。だからさ、俺とたくさん練習して慣れていけば、好きな人ともちゃぁんとお話できるようになるんじゃない?」


彼女の瞳と音が、困惑の色を色濃く宿して揺れ動く。うん、真面目な彼女のことだ、きっと次に来る言葉は。


「わ、私はまだ17歳で、先生はもう成人してるので…」
「犯罪になるかも、って?」


控えめに、でも数回しっかりと頷いた彼女の予想通りの反応に満足しながら、「だぁいじょうぶ」と優しい声をかけて、握っていた手に力を込めた。


「俺と、2人だけの秘密にしちゃえばいいんだよ」
「で、でも…」
「もし、見つかってもね」


ぱちぱちと目を瞬かせるたび、その長い睫毛がゆらゆらと揺れる。ああ、可愛いな。俺の言葉をなんの疑いもなく待つその瞳を、目を細めて見つめた。


「"お試し"だからさ。本当に付き合ってるわけじゃあないでしょ?何かあったらね、予行練習でした、って言えばいいんだよ」


ね、できるでしょ?と首を傾げて、その細い指を絡め取る。びくりと肩を震わせてから、「じゃあ…よろしくお願いします…」と呟いた彼女に、「いいこ」なんて言葉をほとんど無意識にかけていた。


付き合って、そうストレートに言わなかった理由は二つ。一つ目は、根っからの真面目っ子で少し頑固な彼女は、家庭教師との交際に簡単には首を縦に振らないはずだから。そうすると俺から頼み込むみたいになって、それは不本意だ。
もうひとつは、「お試しだからね」なんて言って、いつでも逃げられるようにするため、だった。そういえば今までの女の子のときも、こうやって逃げ道作ってたっけなぁ。そう考えるとやっぱり俺、最低なことしてたかも。
戸惑いながらもどこか喜びの音が隠せない彼女を見ながら、まずどんな風に味見しようかなぁと、これまた最低な考えを巡らせるのだった。



20200727




prev next
back





- ナノ -