夏のジオラマ



※現パロ




花火大会、夏祭り、そんな心踊るイベントは、今年は軒並み中止だ。仕方ないよ、仕方ないけどね。そう思いつつも諦めきれず、どこか寂しい気持ちはあって。本当なら近所で花火大会が開催されるはずだった8月の第四土曜日に、私と同じく残念な気持ちが捨てきれないらしい善逸は、缶ビールを呷ってからため息をこぼした。


「去年だって俺の仕事で行けなかったのにさぁ、今年は一緒に行きたかったよ。なまえ、ごめんね」
「……善逸が謝ることじゃないよ、まあ…残念だけど……」


そう返事をしながら、私も缶チューハイのプルタブに手をかけた、そのとき。善逸が「えっ!?」と声をあげるから、驚いてその手を止めてしまった。


「な、なに!?」
「いま花火の音がした!」
「ん、え、うそ!?」


あわててつけていたテレビを消すと、しんとした室内に小さく聴こえてくる、どん、という音。私が耳を澄ませばギリギリ聴こえるそれは、善逸の良すぎる耳にはしっかりと届いているらしい。なんで!?と目を白黒させる善逸を見ながら、私は今日ニュースで見かけた言葉を思い出していた。


「……あ、エール花火だ」
「え、なにそれ」
「善逸も一緒に夕方のニュース見てたじゃん!サプライズで花火があがるんだよ」

あがる場所も時間も非公開のそれが、まさか近所で開催されるとはつゆほども思っていなくて。半ば諦めていたし気にしていなかったのだけど、立ち上がってベランダまでぱたぱたと走っていくと、「ちょ、こけるぞ」と善逸の声が飛んでくる。余計なお世話です。

がらり、扉を開けると。はじける音と、遠くの方に小さくきらめく赤い光。


「ぜ、善逸! 花火見えた!」
「うそ!?」


同じく走ってきた善逸が、私の後ろから空を覗き込む。するとまた、暗く沈む黒色のずっと奥の方に、微かな黄色がかがやいた。


「本当だ……!」
「え、すごいよ善逸! まさかうちから見えると思ってなかった」
「ちょ、ちょっと、ベランダに椅子出して見ようよこれ」
「さ、賛成!」


倉庫になっている部屋にばたばたと折り畳み椅子を取りに行く善逸を見送りながら、飲みかけのビールとまだ開いていない缶チューハイを手に取ってベランダの前に置く。どん、どん、音の間隔は狭まっていって、なんだかどきどきと鼓動も速度を増していくような気がする。

善逸が持ってきた椅子をがちゃがちゃと2人で組み立てて、サンダルをつっかけてベランダに出る。お酒を手に並んで腰掛けて、いざ空を見上げると。なんだか静けさを取り戻している、ような。


「……ね、ねえ、善逸、もしかして」
「…や、まさかぁ……こ、これこんな早く終わるもんなの?」


顔を見合わせて、それから真っ暗い空に視線をやって、また善逸の方を見ると、善逸も私を見ていた。少し下がった眉毛と、への字になりかけた口。


「……ふふ」
「え、なにさ、今笑うとこ!?」
「なんか、善逸…かわいい」
「……なんだよ、それ」


つられたみたいに吹き出した善逸が、部屋の灯りを受けてきらめく瞳で私を見つめる。それにきゅんと音を立ててしまったのを、善逸はたぶん聴き逃さなかった。


「なに、どしたの」
「…夜にさ、外で善逸の顔みたの、久しぶりかも」
「まあ、確かにそうだよね」


会社帰りに待ち合わせてご飯、なんてのも、ここ数ヶ月していないし。近頃も日が長いものだから、太陽が沈むまでに家に着くことばかりだった。
ああ、なんか、ちょっとのあいだ忘れてた。暗がりのなかで浮かび上がるみたいな金髪とか、お月さまみたいにきらめくその瞳を見るのが、好きなんだよなあ。部屋の暗がりとは少しちがう、夜風を浴びながら眺める横顔が。


「ねえ、机も出してきてさ、今日はこのままここでご飯食べちゃおうよ」
「へ、こんな狭いベランダで?」
「笑わないの! 部屋選ぶとき、私はもっと広いベランダがいいって言ったよ」
「そんな前のこと持ち出してこないの。…はいはい、わかったよ」


ぎし、と音をさせて立ち上がった善逸は、アウトドア用の小さい机を組み立ててくれるつもりらしい。扉を開けて部屋に入っていく背中に「ありがと」と声をかけながら、虫除けスプレーとか用意した方がいいかな、そう思って私も立ち上がると。

空がはじける音が、微かだけど響きわたった。よかった、私たちの夏は、まだ終わっていなかった。




20200822




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