ああ、温かく私を抱き締める毛布の中から感じてくる。
鰹出汁の効いたお味噌汁の美味しそうな匂いと、魚が香ばしく焼ける匂い。
コトコト、お鍋の煮える音もする。

あれ、ここはお祖母ちゃんの家だったっけ?
このお味噌汁の香りはお祖母ちゃんのものだ。私がお祖母ちゃんから教わった、忙しく海外を飛び回るママ代わりのお袋の味。出汁をしっかり取って、そこにお野菜をたくさん入れて、最後にお豆腐を切る。
何の野菜が入っているのかワクワクして、それだけでもうちょっとしたおかずで私は大好きだった。お祖母ちゃんの作る温かい優しいお味噌汁…。





「…お味噌汁……。」

微睡みの中、目を覚ますとそこには着替えを済ませ、私の顔を覗き込む御堂さんの顔があった。ニコニコと背に太陽の光を受けながら私に優しく微笑む。眩しい。

「『お味噌汁』がどうかなさいましたか?」
「え?お味噌汁…?」
「今お嬢様が寝言でそう仰っていたので…。」
「…あ!ここは別荘か…。」
「お家と勘違いなされましたか?」
「ううん…。お祖母ちゃんの家だと思った…。お祖母ちゃんのお味噌汁の香りがしたから…。」

私はそう言って、体を起こして眠気眼の目を擦った。そうだ、昨日から御堂さんと西園寺家の別荘に二人でゆっくり週末を過ごすために来たのだった。

それでもやっぱりお祖母ちゃんのお味噌汁の香りが寝室の向こうからして、私のお腹は自然にキュルンと鳴るのだった。

「あっ…」

慌ててお腹を手で隠したときには既に御堂さんの耳に届いてしまっていて、御堂さんは赤くなる私の頬に手を添えながら、『朝ご飯にしようか?』と優しく言う。
いきなり敬語を崩すのはズルい。私は自然にその手に自分の手を乗せて、優しい温度を感じ瞳を閉じる。
すると唇に優しい感覚が降って来た。そして私の唇はそれを待っていたかのように自然と受けとめた。





「さあ、起きましょうか。」
「うん!」

私がベッドサイドにあるカーディガンを羽織ってスリッパに足を滑らせてから、はたと気が付いた。
何故か御堂さんの肩にくっついているヒラヒラした白いフリル。

「あ、あの御堂さん…。そ、その格好…は?」
「あの、いえ、その…。朝ご飯の用意をしようとしたのですが、ここには生憎、メイド用のこのエプロンしかなく…。」

目の前には二回りほど小さなメイド用の白いフリルがあしらわれたエプロンを大きな体に着けている御堂さんがばつの悪そうに視線を泳がせて頬を染めて呟いた。

何だか妙なんだけど、妙なんだけど、何だか似合っていて。私はつい笑いを零してしまう。
エプロンに窮屈そうにしている御堂さんが更にかわいいなんて言ったら怒るかな。

「ふっ…ふふ、無理矢理エプロンしなくてもいいのに…」
「そ、そんなに笑わないでください…。どうしても、このシャツだけは汚したくなかったのです。貴女が私に下さった大切なプレゼントだから。」

御堂さんの言葉通りに白いフリルのエプロンの下には私が去年の御堂さんの誕生日にあげた濃紺のボタンシャツが着られていた。

「御堂さん…。」
「最初から男性用のエプロンを用意しておくべきだったね。」
「…でも、御堂さん結構かわいいよ。白いフリルのエプロンなんて新婚さんみたいだ……ね、」

口にしてからハッとする。私は思わず恥ずかしげもなく、とてつもない言葉を言ってしまった気がする。『新婚』というフレーズをもう一度頭の中で繰り返して顔が一気に熱を帯びた。

「あ、えーっと、お腹すいたな〜。」

私はそそくさと誤魔化すように先程から漂って来るお味噌汁の香りがするキッチンへと行こうと御堂さんに背を向けた。
そのときだった。

「あっ…。」

空気がさらりと揺れて。気が付けば私は後ろから抱きすくめる御堂さんの腕の中にいた。温かい吐息が耳にふわっとかかるくらい近い距離。シャツと同じ色の彼の髪が私の頬に柔らかく触れた。

「いつか…叶えようね、二人で。必ず。」

いつしか私の頬には彼の髪ではなく彼の頬が触れていた。お互いに帯びた熱が重なり合って溶けてゆく…。





「さあ、本当にご飯にしよう。冷めてしまう。」
「うん。」

私は笑顔を向けて共に部屋を出る。
実は御堂さんがお祖母ちゃんからこっそりレシピを訊いて作ってくれたお味噌汁の待つキッチンへ、と…。





キッチンへと続く小さな廊下を歩いていると白いフリルのエプロンを着けたままの御堂さんがおもむろにに訊いてきた。

「そう言えば、脱ぐ?」
「へっ!?脱ぐ?な、何のこと?いいよ、いいよ、そのままで。」
「そ、う?カーディガンの襟に手を掛けたから脱ぐのかと…。」
「え、あ?カーディガン…?」
「ふふふ、何をご想像なされましたか?」
「べ、別に何も想像なんかし、してないもん!カーディガンを脱ごうとしただけ!それだけ!」
「ハイハイ、わかりました。」





私はいつも御堂さんには適わない。
でもこれがいつか…。
思い描くイメージがいつか、現実と、なりますように…。
それを叶えてくれるのは、貴方、だけ…。







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