あの日以来、

瞬くんと直接言葉を交わすことはないけれど



手紙を置くようになってから1ヶ月くらいが過ぎようとしていた。







いつものように手紙をもって
開かずの扉の前に行くと



いつもは閉ざされている扉が
今日は少しだけ開いていた。







中を覗いてみる。

瞬くんはいなかった。





お節介だとは思ったけど、

私は居ても立ってもいられず中に入った。







埃まみれの画廊。

相変わらず無造作に置かれた絵で溢れている






堪らず

私はひとつひとつ丁寧に
絵にかかった埃を払った。







ここはきっと

瞬くんが自分の絵を…

自分の気持ちを唯一閉じ込めることが出来る空間なんだ…





自分を守るための

大切な

大切な空間









…それでもいいから

せめて

埃だけは取り除きたい

少しでも輝くものがあることに気付いてもらいたい







私は夢中で埃と格闘する。





手が
服が
泥まみれになるなんて
もうそんなことどうでもよかった。









「…なんで僕にここまでするの?

放っておけばいいのに…」



小さい声がして扉の方を振り向くと
そこには瞬くんが立っていた。








「瞬くん…」



「もう限界だよ。毎日手紙を置いた後に、切なそうな顔をしてこの扉の前に立っているお姉ちゃんを見るの…」







いつも見てくれていたの?

私のこと…





「こういうこと僕には必要ないって言わなかった?」

「…言われたけど、私…諦めたくなかったから…」



「どうしてここまでするの?」

「私が瞬くんのこと知りたかったから。私のエゴ…」






「エゴって…僕なんかのためにここまで…」

そう言うと瞬くんは苦しそうな顔をした。




この日

初めて瞬くんの表情というものを見た気がする。







「お姉ちゃんはなんで僕のことをそんなに知りたいの?絵だけに興味があるんじゃないの?」


「そんなわけないよ。私は絵もひっくるめて瞬くんが前提で瞬くん自身のことを知りたいの。そんなの理屈じゃないんだ」






瞬くんがじっと私を見つめる。

彼が何を考えているのか
その瞳の奥はわからない。







「嫌な態度を取ってごめんね」

瞬くんは下を俯いて呟く。



意外な言葉に私は驚いた。



「…ううん。私こそ勝手に部屋に入るようなことしたり、むりやり話しかけたりしてごめんなさい」





ふたりで階段に腰を下ろして話をする。

初めてかもしれない。

瞬くんとこんなに会話をするのは。







ポツリポツリだけれど

私を拒絶したりすることなく
瞬くんが言葉をつないでくれる。








「どうして画廊の中を掃除してたの?」


「瞬くんが絵をガラクタって言ったとき、それが瞬くんの心のことも言っているような気がして…

だから少しでもそんなことはないってことを伝えたかった…」


「こんなになるまで……」


瞬くんは泥だらけの私の手を取ると
手の汚れを払う。





「……僕…絵を描いてもあそこに閉じ込めておけば……自分の気持ちも閉じ込めておける。人と関わる必要もないって思ってた」





「瞬くん…」



「お姉ちゃん、意外とめげないんだもん。いつ折れてくれるかって待ってたけど折れてくれなかったね」



「…私の長所で、短所でもあるから」





「ママが死んだ時、自分のせいだと思った。

この家にいてはいけないんだって思った。

そうしたら何も表現できなくなった。表現の方法がわからなくなった。

絵で表現してもそれを見せる術が分からなくて、すべてをここに押し込んだんだ。10年分の描いた絵と僕の思いを…」







私は涙が止まらなかった。

声にならない。



何かを言うかわりに

瞬くんを抱きしめていた。







瞬くんの感情が少しだけれど
伝わってくる。







押し込めて

押し込めてきた気持ち











瞬くん…



話をしてくれて



ありがとう…










「お姉ちゃん、今のこの気持ちをなんて言ったらいいんだろう…?」

私を見つめる瞬くんの大きな目から
一粒の涙が落ちた。






瞬くんの心が少しずつ開き始めたと
感じた瞬間だった。







私は抱き締める腕の力を強める。





「…言葉に表す必要はないよ……ただ感じているだけでいいんだよ…それだけで伝わってくるから」









これはまだまだ始まりで

瞬くんのことまだわからないことが

たくさんある






これからが

瞬くんの本当の苦しみが

始まるのかもしれない







それでも

私は傍にいるよ









これから瞬くんをもっともっと知って

一緒に色んな思いを感じていきたい。









私がここまで瞬くんを知りたいと思うのは



私が姉で

瞬くんが弟だからなのか



私たちが家族だからなのか





それとも

瞬くんをひとりの男の子として
意識しているのかは





まだ当分答えは出ないけれど





瞬くんのことを知りたいという思いは変わらない












やっとほんの少しだけ

瞬くんの本当の顔を垣間見ることが

出来た







やっと


瞬くんに

出逢うことが出来た








そんな気がするよ……
















〜Fin〜



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