──もう、彼は眠ったかな。

そう思いながら私は天蓋付きベッドを見上げた。時計の針は既に午前一時を指している。
ベッドに入る一時間前に気になって執務室に足を向けてみたが、もう彼の姿はなかった。もう部屋に戻ったのだと安堵と同時に冷たい隙間風が胸を擦る。

最近また忙しくなり始めたジョシュア王子とすれ違いの生活を送っていた。
彼の体調を心配しつつも、執務室にもしかしたらまだいるかもしれない、と言う淡い期待は脆くも泡となって消えた。

ならばいっそのこと彼の部屋を訪ねればいいわけなのだが、束の間の休息の邪魔をしたくなかったのだ。
そんなことは言い訳で意気地のない私の性分もあるのだが。





「はあ……。」

幾度もの小さな溜息と共になかなかやって来ない眠気を待つ。
瞼を閉じてもやって来るのは夢へ誘う引き込まれてゆく心地好い暗闇ではなく、瞼の裏で私を見つめるジョシュア様の顔だった。

いつもの笑った顔、怒った顔、照れた顔。
そして悲しそうに眉毛を下げる彼の顔。どこか淋しさを湛えて私を見つめながらその姿はどんどんと私の瞼裏から離れて行った。

「ジョ、ジョシュア様っ!」

私は何故か瞼裏の姿の彼の姿が目の前いる彼の姿のように見えて飛び起きた。
はあ、と胸を押さえてしんと静まり返った暗闇の部屋を見渡す。

どきんどきんと言う鼓動と。
つきんつきんと刺す胸痛と。

私の作り出した幻像なのに生々しくて堪らない気持ちにさせられた。





その時だった。
コンコン、と部屋の扉をノックされたと思いそちらの方へ視線を移すと私が扉に到達する前にその扉は開かれた。

「……悪い、まだ起きてたか?声がしたものだから、つい。」

目の前に立っていたのは今先程瞼の裏から淋しげに遠ざかって行った彼そのものだった。
その表情も眉を下げて仄かに疲労を醸し出すような様子で私を見ていた。

「……ジョシュア様っ……。」
「……***?」

私は弾かれたかのようにジョシュア様の腕の中に一歩踏み出して飛び込んだ。ぎゅうっと抱き締める腕に力を込める。

瞼の裏の幻像ではない。
本物のジョシュア様だ。

「……どうした、怖い夢でも見ていたのか?***は幽霊などは苦手だったな。」

ふっと空気を含む笑いが耳に小さく届いた。
彼の眉が上がったことに安堵する。

──違うの。違うの。
怖い夢じゃなくて貴方の淋しい幻像を見ていたの。

「……ジョシュア様が……、」
「俺が?」
「淋しそうな顔をしながら遠ざかって行った幻像を見たんです。だから……、まさか同じ顔をして目の前にいるなんて……。」
「……そうか。お前にはお見通しだったわけか。」

不思議に思い、顔を上げるとまたあの淋しそうな表情をしたジョシュア様と瞳がぶつかり合った。彼の瞳の中には真っ直ぐ私だけが映し出されている。

「……限界、だった。」
「…………?」
「お前と逢えない時間がこんなにも……。」

その言葉と共にジョシュア様の腕は私の背中に回されてぐっと力が込められる。呼吸が縮まった。

「……私もですよ、ジョシュア様。」
「起きていてよかった。逢えてよかった。」

彼の手は私を慈しむように強く胸に抱き締めながら髪を優しく撫でる。私が彼を確認したかのように今度は彼が私を確認する番だ。





──ただ……。
瞼の裏のジョシュア様は私から遠ざかって行ってしまった。
目の前のジョシュア様は、と有り得ないが一握の不安が胸を攫ってゆく。

「……ジョシュア様はこのまま離れて行ってしまうことはないですよね、幻像のように……。」

ぎゅうっとさらに私はジョシュア様に縋るように彼のガウンを握り締めた。彼の背中にはもしかしたら爪が立ってしまっているかもしれない。

ジョシュア様は何も応えなかった。しかし私をそのまま抱き上げてベッドへと押し倒した上からの眼差しは完全なるNOの微笑みであった。

「このまま朝までその不安を摘んでやろう。」

さっと私の頬に掛かる髪をその長い指で流して顔の輪郭をなぞり、唇を軽く押した。
バッといきなり私の顔に火が着く。

「あ……の……。」
「このままいて欲しいんだろう?」
「……そうです、けど……。」
「けど、何だ?俺はこのまま***と一緒にいたい。これまでの分……。」

その言葉と共に降ってくる彼の唇の雨。

「……ん、ジョシュア様……。」

軽く抵抗した力は呆気なく彼の力に憚れてしまった。抵抗なんて本当は期待の内だったようだ。





YESもNOも聞いてやらない、あるのは俺の答えだけ

(……ふふ、もう存じております。)







title:肯定

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