「今回の中間テスト、赤点だった***。放課後化学準備室へ来い。課題を出してやる。以上。」

そう言って冴島先生は教壇から私を意味ありげな笑みで見下ろし、教科書を閉じて授業の終わった教室をとっとと出ていった。

私はただただポカンとするしかない。言葉を投下した本人の去った後を見つめるが全く以て意味が理解出来ていなかった。

「なんだよ、***。由紀のテストで赤点なんか採るなんて何されるかわかんねーぞ?」
「そういう亮二もギリギリだった癖に。でも珍しいね、***ちゃんが赤点採っちゃうなんて。あんなに頑張ってたのにさ〜。」
「ええー!***が赤点かよ!俺よりヤバくね?」
「佑に言われたら終わり。」
「うわ〜、零ちゃんきっつ〜。」

何やら人の赤点について周りが騒いでいるみたいだが……。

…………。
……ちょっと待って。

私確かに化学苦手だけれど。点数は決して良いとは言えないけれど。冴島先生の授業だけは、と思って必死に試験勉強をしていた。

そして結果が返ってきて喜んだ。今までで一番良い点数が採れたから。

そうしたら冴島先生は『お前にしては良くやった方なんじゃねえの。』ってあの大きな手で髪をくしゃくしゃとしてくれたんだ。
あの煙草の微かに香る手で。





…………。
……私、赤点採ってなんかいないのだけれども。

腕を組んで、首を傾げてみる。
しかし、『うーん。』と唸ってみたところで試験関係で呼ばれる理由が見当たらなかった。

「まあ、そんなときもあるよ。怒られたら俺が***ちゃん慰めてあげるからさ〜。」
「な、何言ってんだよ晃!」
「何〜?亮二嫉妬〜?」
「ばっ……、ちげえよ!」
「……煩い。安眠妨害。」

私が眉を顰めて考えている姿が落ち込んでいるように見えてしまったのだろう。
また周りの空気がざわざわと揺れ始める。

取り敢えず私は席を立ち上がった。
あの先生の含み笑いには必ず何かがあるはずだ。

「私、真相を確かめてくる。」
「真相?」
「どーゆー意味だ?」

私はそう言ってちんぷんかんぷんだという表情をしている皆を残し、教室を飛び出して。冴島先生の通ったであろう廊下、階段を駈け上がり、化学準備室へと向かったのだった。





「はあ、はあ、」

息が上がる。グッと深呼吸を飲み込み、振り乱した髪を整えると、私はいざ化学準備室の扉をノックした。
扉の向こうからは微かに。恐らく私しか感じ取れないくらいの煙草の香りがする。

……先生、煙草吸ってる。

何となく理由を付けてはここに通う内に染み付いた、先生を感じる感覚の一つ。

私が返事のない扉を静かに開ければ。窓を開け放ち、窓の桟に両肘を着いて煙草を咥えた先生がゆっくりと振り向いた。
人の顔を見るなり、『ああ、言うこと聞いて来たな。』なんて言いたげな顔でニヤリと笑う。

先生はいつもズルい。
私よりも大人の分、余裕綽々で、振り回されてドキドキさせられるのはいつもこっちだ。
ほら、今もこんなにドキドキしてる。
化学準備室に私と先生の二人。





「あのっ、私、赤点なんて採った覚えなんてないんですけど……。」

取り敢えず余裕綽々の相手に質問をぶつけてみる。
きっとわかってる。これが『口実』だと言うことを。
でも私だけがそれに一々浮かれているような気がして悔しかったのも事実なんだ。

「ああ、知ってる。今回は今までで一番良い出来だったんだろ?」
「じゃ、じゃあなんで……。」
「なんででしょうねぇ?」

先生はふうっと最後の煙草の煙を吐くと、吸い殻を灰皿に押し付けた。灰皿には既に2、3本の吸い殻があって。それがまだ吸いたてですぐに火を消してしまったような形跡だった。





私は何を口にしたらいいのかわからなくなる。
いつもこうなのだ。一方的に強引に振り回されて、悔しくて仕方がない癖に先生を目の前にすると、再び先生のペースに引き込まれてしまう。

私はただ私にももっと余裕が欲しいだけなのに……。
先生ばかり先にいるようで焦ってしまう。





先生の目に映る私はまだ『コドモ』ですか……?





「ほらよ。」

私が俯いた瞬間に視界に出されたのは淹れたてのコーヒーだった。白いマグにまあるい黒の円。ブラックコーヒー。

「ミルクと砂糖はここな。」

先生は自分のマグを持ちながら、棚からミルクのポーションとスティックシュガー出す。先生の持つマグはブラックコーヒーだ。先生はいつもブラック。
私……、私は……。

「カフェオレじゃねーと飲めねーもんな、お前は。」

先生はブラックコーヒーを一口啜ると私をからかうように頭をポンポン叩く。
その瞬間、とても子ども扱いをされたような感覚にとても悔しくなって私は手にしたマグに淹れられたブラックコーヒーに口をつけた。
いつもとは違う苦味が舌から喉へと広がった。

「ん?カフェオレじゃねーとダメなんじゃねーの?」
「わ、私だって!ブラックコーヒーくらい飲めます!」
「そんな顔顰めて『飲める』なんて言われたって説得力ねーよ。」

……わかってる。
こんなことしたって直ぐに大人になれないこと。
逆に悔しくてこんなことする方が子どもなんだってこと。

それでも、先生と同じ位置に居たいんだ。

自分のしたことが悔しくて、先生の言葉が悔しくて私の目には勝手に涙が盛り上がる。

ああ、やっぱり私はコドモだ。





先生は何も言わずに自分のマグを机に置くと私に一歩一歩ゆっくりと近付いて来た。
また子ども扱いをされてしまう、と体を竦ませた瞬間。クイッと先生のゴツゴツした指に顎を持ち上げられ、あっという間に唇を塞がれた。
いきなりの出来事に私の呼吸が止まる。

二人のブラックコーヒーの味が苦い……。
そして、苦しい……。





「ばーか。背伸びする必要ねえよ。今のままでしかいられねー関係があんだろ。」

キスとキスの合間にくれる、私の欲しい言葉、私のことを私以上に知っている先生の気持ち。





苦い、苦いキスが今……。





sweet black coffee

(お砂糖もミルクも、もういらない。)







『ego's 100000hits thanxxx.』

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