茜色に空が染まる頃、窓に映る景色も茜色の光を反射させていた。
私は課題の入ったファイルを手に抱えて、大学の正門付近でなずなやアキちゃんと今日提出した課題について話をしていた。
眠る時間を削ってまで時間を掛けて提出した課題は思いの外、講評が今一で私は肩を落としているのだった。
「単に時間を掛ければいいってものじゃないのは解ってるけど、目の前でバッサリ言われると凹むね……。」
「まあまあ、そんなときもあるよ。感性なんて出逢いみたいなものもあるし。ほら、顔上げなって。」
なずなが優しく落ち込む私の肩をポンと叩いてくれる。
そんななずなに口を尖らせたまま私は俯いていた視線を上げた。『よしよし。』となずなは笑顔で私の頭を撫でてくれる。
彼女の手は温かい。
「まあ、青ジイの今回の講評はあまり良くなくても、私は***の感性好きだよ?だからそんなに落ち込まない、落ち込まない。」
明るく私を慰めてくれるなずなに対して、アキちゃんがふうと軽く溜息を吐いた。
「なずな。貴女が***ちゃんのセンスを好きでも、それがデザインに生かされるかどうかは別でしょう?」
柔らかい物腰だけれども、彼の意見は的を得ていて思わず息を飲んだ。アキちゃんは相変わらず手厳しいけれど、それはいつも私たちのことを考えてのことだ。
すると、私の頭を撫でてくれていたなずなの手が止まった。見れば今度はなずなが口を尖らせている。
「アキちゃん、酷ーい。確かにそうだけど、私が***のこと好きなのに変わりないのにー。」
「いつの間にか話がズレてるけど?」
「ふふ。ありがとう、なずな。」
いつの間にか慰める立場が逆転していて、そんな空気に私の心は軽くなってゆく。
「あ、ごめん。私そろそろバイトに行かなくちゃ。」
時計を見れば6時を回っていて、バイトを幾つか掛け持ちしているアキちゃんは慌てたように声を上げた。
「今日もバイトかあ、大変だね。課題もまだあるのに。」
「まあ苦学生だからね。仕方ないよ。じゃあごめん、またね。」
小走りで正門を出ていくアキちゃんをなずなと手を振って見送って、私たちも帰ることにした。
いざ、正門から足を踏み出したときだった。どこからかふと感じる視線と気配。
不思議に思ってキョロキョロと辺りを見回してみる。私の挙動不審な行動になずなが訊いてくる。
「どうしたの?」
「あ、ううん。ただ何か視線を感じて……。」
「視線?……ああ。」
なずなが何かに気が付いたように正門脇の守衛室に目線を送った。
「なずな、何?」
「ほら、あ、そ、こ。」
指を差された方を見やれば、Gパンのポケットに手を突っ込んだままの朝比奈くんが微動だにせず佇んでいた。
彼の金色の髪が夕陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
そして私となずなの視線に気が付いたのか、慌てて気まずそうにポケットから手を出した。
「朝比奈くん!」
「じゃあ、私はここで失礼するわ。また明日ね!」
「え、なずな?」
私の呼掛けにも応じず、ひらひらと手を振りながらなずなは足早にその場を笑顔で離れていってしまった。
なずなの去った方向を朝比奈くんと無言で見つめながら、やがてお互いの顔を見合う。
少しだけ気まずそうに彼は笑った。
確か彼は今日午後の講義はなかったはずなのだが、何故か5限の終わる時間に、しかも正門前にいたことに首を捻る。
「朝比奈くん、どうしたの?今日は課題か何か?」
「あ……まあそんなとこ。」
どこかはぐらかされてしまった回答に彼の顔を覗き込めば彼の頬は茜色にほんのり染まっている。
夕陽のせい?
いやでも、もしかして。
うん、もしかしたら。
「……違ったらごめんなんだけど、待っててくれてたり、した?」
その言葉で彼の顔は一気に真っ赤になり、『え、や、』と言葉に詰まってしまった。
彼の不器用な表現がとても愛しく胸を温かくする。
そしてさりげなく朝比奈くんの手に自分の手を伸ばすと、いつもは温かいその手はひんやりと冷たかった。
温かくなって来たとは言え、この時期の夕方はまだ少しだけ肌寒い。
「あ、朝比奈くん、いつからここにいたの?手こんなに冷たくなっちゃってる。」
「あ、ああ…。ちょうど三人が話してた辺り……から?」
罰が悪そうに朝比奈くんはさっき私たちが話をしていた場所に目をやった。
私たちが話し込んでたのって、つい夢中で30分くらいは経っていたはずなのに……。
「……声、掛けてくれれば良かったのに。ごめんね、気が付かなくて。」
朝比奈くんは逆に悪いと言う顔をした。
「……何か、お前が楽しそうに話してたから、その……、どうしていいかわからなくて。悪い。」
「……朝比奈くん、ありがと。」
私は彼の手に添えた自分の手でキュッと握り締めると、にっこりと笑った。
「じゃあ一緒に帰ろうっか、朝比奈くん家に。」
不器用な彼の不器用な温かい優しさが好き。
それでも色々考えては結局不器用になってしまう彼が愛しい。
夕陽は空と一緒に朝比奈くんの家へ続く坂道も茜色に染めた。
二人の影が長く長く伸びて、一部の影が重なるのを幸せに感じながら坂道をゆっくりと登る。
「……なあ、」
「ん?」
「さっき言ってた俺ん家に帰ろうって……、その意味ちゃんとわかってるか?」
「あ、」
そう言われて今度は私が顔を赤く染める番だった。
でも……。
『それでも良いよ。』と。彼にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いて、その私なんかをすっぽり包んでしまう腕に頬を寄せた。
きっと私の顔はこの茜色と同じ色に染まっているだろう。
彼の私を包む手に力がそっとこめられた、そんな気がした。
『ego's 100000hits thanxxx.』
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