VIPルームでいつもの面子でいつものように飲んでいると、これまで大人しく隣に座っていた彼女が急に立ち上がり俺の袖をクイッと引っ張った。

「何だ?」

シャンパングラスをガラステーブルへと静かに置くと、彼女と視線がぶつかる。
どことなく目には潤みを湛え、彼女はもう一度俺の袖を引っ張り、俺をじっと見つめた。まるで小さな子どもが母親のスカートを掴んで自分の言いたいことを伝えるかのように。

「だから、何?おーい、***ちゃーん?」

目の前で手の平をひらひらさせてやるとそれに漸く***は反応を示した。
にこっと満面の笑みで無邪気に笑ったかと思えば。『私、プールに行きたい。』などとのたまく。

「は?プール?何しに行くんだよ。まだ酒残ってんだろ?」
「行きたい。」
「だから何でまたプール……。」

眉を顰めながら***のグラスに目をやると、そこには既に空になったワイングラスとシャンパングラスが置いてあった。
嫌な予感がする。

こいつ、アルコール弱かったはずだ……。シャンパン一杯飲んだだけで眠ってしまうくらい弱いこいつが何故グラスを二つも空にしているのか。

そんなことを思っているとクイクイとスーツの袖は一層摘まれて、***はさらににこにこと笑った。
化粧で多少は分かりにくいものの、頬はほんのりピンク色に染まり、耳たぶはもう真っ赤であった。

「お前、酔ってるだろ?」
「酔ってなんてないですー。」

口調も若干甘えたになって、そこには素面を証明するものなど何もなかった。はあ、と大きく溜息を吐くと皐月さんを呼ぶ。

「こいつ、酔ってヤバいんで部屋借りてもいいですか?」
「それは構わないが、***さんは大丈夫なのか?」
「自分が見てる。」
「じゃあいつもの部屋を使いなさい。フロントには電話しておくから。」





皐月さんにお礼をして俺は***を半ば片手で抱えるようにしてVIPルームを後にした。
目を離したらこれだ。これが俺と一緒にいたからいいものを、これが他の奴だったらどうなっていたのかとつい胸の中に込み上げて来なくていいモヤモヤしたものが広がる。

気が付けば誰もいない廊下で***の唇を塞いでいた。
『ん、』と***の声が漏れるが俺はお構いなしに***を壁に押し付けて口付けを続ける。

***の頬が、唇が、熱い。
そしてほんのりと白ワインの香りが鼻腔を掠めた。
何度か行き来した唇を離すと、***の目は一層潤んで俺を煽った。

ああ、このまま早く部屋へ連れていってしまいたい。
俺の中に閉じ込めてしまいたい。

ぐっと彼女の顔の横に着いた手に力を込めると、再び潤んだ瞳で彼女は笑った。

「プール行こ?ね?」
「……。」

ずるりと俺はその場にしゃがみこんだ。酔っぱらいの天然ほど恐ろしいものはない。普段ならすぐに顔を真っ赤にさせ、俺から目線を反らす癖に。

この流れでまた『プール行こう。』かよ。
少しは余韻に浸るとかねえのか。

それでも***は俺の心中など察する様子もなく、さっきと同じ笑顔を俺に見せていた。
そこまで腹のそこから期待されるような笑顔を見せられると毒気が抜かれる。まるで子犬のようだ。

「プール、駄目?」
「はいはい、分かりましたよ。プールに連れてってやりますよ。」

そうやってノエルが悄気るみたいな顔をするな。こっちが悪いことをしているみたいだ。

軽く溜息を吐いて、俺はその無邪気に笑う手を取った。





プールのある屋上に出れば、気持ちのよい夜風が頬を撫で、前髪を揺らし、***の長い茶色の髪もふわりと舞った。
ほんのりと照らされたライトがまた柔らかい雰囲気を作り出す。
***は繋いでいた手を離すと、早速子どものように走りだした。

「わあ、プールだー。」
「はいはい、プールだな。」

走る小さな背中が少しだけ覚束なく、そんなふわふわした足取りは履いていたヒールを脱ぎ捨てた。
カン!とヒールがタイルの地面に高く響く。
何をしているんだ、と口にしたときはプールサイドまで移動していてパシャパシャ音を立てて、爪先で水音とその冷たさを楽しんでいるようだった。

覚束ない足取りにプールに落ちるのではないかと心配しつつ、腕を組みながら俺もゆっくりプールサイドに近付く。

全く、いつも以上に目が離すことが出来ない。
俺がいつもこいつを虐める立場なのに、何故今はこんなにも俺がこいつに振り回されているのか。
腑に落ちない。

そしてそっと煙草を燻らせた。白い煙が夜の空に昇ってゆき、俺はもう一口煙草を吸う。
パシャパシャと***が立てる水音に耳を傾けながら、最後の煙を思い切り吐き出した。

無邪気なお嬢様は今度はプールサイドに腰を掛け、足首でじゃぶじゃぶばた足をしている。
いつの間にか一つに纏められていた髪が解かれ、風に優しく靡いていた。
瞼を閉じ、靡く髪に左右に首を振る***がさっきとは打って変わって一気に大人びる。
ライトアップした柔らかな光が***の肌を、身体のラインを一層儚げに演出した。

思わず手元の吸い殻から灰が落ち、俺の思考は停止する。

水面に映る彼女の姿まで美しく見せられた。
当の本人は相変わらず無邪気に、酔いも手伝い、ばた足をしながら鼻歌を歌っている。
どこか音程が外れたメロディも、それすらもう早く閉じ込めてしまいたくて……。

俺が彼女に近付いたときだった。




「遼一さーん。」

ハミングの合間に聞こえた彼女の呼ぶ俺の名と、冷たい水の感覚。
そして、『あは、水も滴るいい男ですねえ。』なんて屈託なく笑う彼女。

気が付けば俺は***が手で掬ったプールの水を顔に引っ掛けられていた。お陰で前髪は顔にぺったりと貼りつき、顎から首へ滴った水はワイシャツを濡らす。ワイシャツにまとわりつく水分が気持ちが悪くてネクタイを外した。

やっぱり酔った天然ほど恐ろしいものはない。
この俺が振り回される。

「……おい、この濡らしてくれたスーツどうすんの?」

意地悪で言ってやる。それでも俺にはもうこの酔った天然には勝てなかった。

「じゃあ、泳いじゃいましょうかー?濡れたなら一緒ですよ。」

笑顔で言って退けやがった。
こっちは早くお前を閉じ込めたくて、感じたくて仕方がないというのに。
もうお前にアルコールは飲ませない。他の奴に絡むことはないだろうが、俺のペースが乱される。それがとても悔しくて堪らない……。





俺はそのまま笑顔を向ける彼女の唇にハミングの続きを強く押し込めた。
そうして俺の力に耐えられなかった彼女の体勢が崩れて、二人してプールの中へとゆっくり落ちてゆく。

静まり返る夜の中に小さくパシャンと飛沫の音がした……。





「……遼一さんのキス、苦いです。」
「煙草吸った後だからな。何?甘いキスのがいいわけ?」

そう笑いながら濡れた彼女の頭を撫でながら、今度は彼女を支えて深く口付けた。
頭まで濡れた二人をまた夜風が撫でてゆく。
さっきまで優しかったその風は、今度はやけに肌寒く。





それでも二人の唇はどこまでも、どこまでも熱い……。







『ego's 100000hits thanxxx.』

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