「迎えに来たよ、俺のお姫様。」

ノックをされた扉を開けば、いつもの3割増ほどの笑顔で佇む裕次がいた。
私は寝起きで漸く訪ねて来た人物を理解出来る程度の意識の中に、あのキラキラした笑顔を向けられ、ただただポカンとする他ない。

だって貴方は昨日電話で『今イギリスにいるんだ。紅茶を買って帰るからね。』と言っていたんだ。

何故イギリスにいるはずの彼が、今この寝起きの私の前にいるのか。

「……なの?」

顔を近付けられたところで私は体を思いっきり弾かせて抗議する。

「や、やだ!そんな近くで顔も洗ってない顔見ないで!って言うかなんで日本にいるの?」

手の平で顔を隠し、指の隙間から裕次を覗けば。さっきのキラキラした笑顔とは売って変わって捨てられた子犬のようにシュンと悄気て私をじっと見ていた。

「……2日だけ急に休みを貰えたから超特急で帰って来たんだ……。俺は一番になのに逢いたかったんだけど、なのには迷惑だった?」

その顔はズルい。
『迷惑だった?』なんて訊き方はさらにズルい。

好きな人前では顔も洗っていない、ぼさぼさの髪のパジャマ姿なんて見られたくなかった、ただそれだけなのに……。





「……ごめん、ビックリしただけなの。直ぐに着替えるからリビングで待っててくれる?」

申し訳なく見上げた私の先には、チャラリと車のキーを指で華麗に回す裕次がいた。
そこにはいつもの笑顔に戻った彼。
それにホッと力を抜かれる。

「じゃあ、目一杯おめかししてガレージに来てね。」
「えっ?」
「折角だから、二人きりになりに行こう?」

『待ってるからね〜。』って手を振り返り様に振りながら、裕次はフロアーから消えて行った。





『二人きりになりに行こう。』

ドクン!
裕次の言葉に胸の奥の何かが高鳴った。
久し振りに逢った裕次とのデート。気持ちは一気に高揚する。
昨日イギリスにいたと思っていた裕次が目を覚ましたら目の前にいたのだ。

夢、じゃないよね、と私は自分の頬をつねってみる。じんと広がる痛み。
夢ではない。
でも私はまだあの彼の体温に触れておらず、半ばふわふわした足元、いつもより少しだけメイクに時間をかけて。お気に入りの水玉のワンピースに袖を通したのだった。





「どうぞ、マイプリンセス。」

ガレージに着くと、裕次は愛車の赤いフェ/ラーリの扉を開け、私を促す。その腕に促され、助手席に座ると、裕次のコロンの香りが目の前にふっと舞って、軽く暖かなその唇が私の唇に触れた。

「今日は一層に可愛いね、なの。」

ニコニコ満足気に笑いながら裕次も反対側に回り、運転席に乗り込んだ。
キーを捻ると共にヴン…と動き出すエンジン。
鼻歌混じりで車を発車させた裕次の隣で私は裕次のコロンの香りと裕次の唇の感覚に鼻から喉にかけて息も出来ないくらい一杯一杯であった。





「お天気が良くて良かったね。」

窓ガラスからは陽の光がキラキラ反射して眩しい。サングラスが欲しくなるくらいの白さだ。

「ねえ、裕次。」
「ん?何?」

私はギアチェンジをする裕次に問う。

「これからどこへ行くの?」
「……さあ?」
「え、決めて出て来たんじゃないの?」
「それは俺たち次第でいいんじゃない?二人きりになれるならどこへでも行くよ?」





行き先は告げられぬまま、裕次の愛車は見慣れた景色をぐんぐん飛ばしてゆく。
裕次は相変わらず鼻歌を歌いながら、ハンドルを指でトントンと叩いて上機嫌だ。
裕次の癖、変わらない。
鼻歌はちょっとだけ音程が外れていて、でもそれが私の波長に合うのだ。

ゆったりとした久し振りの二人きりの時間に目を瞑った瞬間に、再び裕次のコロンの香りが目の前を擦った。目を開ければ、裕次の閉じた瞳、長い睫毛、熱い唇……。

信号は赤。
深い深い口付けが交わされて。
そして、青へと変わる……。





「隙あり。」

にっこり笑って裕次はアクセルを踏んで。また見慣れた景色が流れ出す……。

唇が熱い。

「……ズルいよ、やっぱり。」
「ん?何か言った?」

やっぱり裕次の鼻歌の音程は外れていて。
でもその音は心なしか先程よりも大きくて、裕次は上機嫌。







──後日。

私と裕次の二人の前には腕を組んで仁王立ちの修一お兄ちゃんに、困ったようにその様子を見守る御堂さん。
呆れ顔の双子に無表情の瞬くん。

修一お兄ちゃんに突き付けられたモノには……。

『西園寺財閥次期当主!婚約者と大胆路チュー!!』

そんなゴシップと私たちのキスをしている写真がでかでかと写し出された週刊誌だった。

「な、何だこれーっ!?」
「……裕次。何が言いたいか解るな?」
「しゅ、修一兄さん……、青筋が立って……。」

私たちはにじりにじりとリビングの再奥に追いやられる。

「パパラッチに撮られることくらい想定しろ!むしろお前の立場は云々かんぬん……。」
「しゅ、修一様、もう少し落ち着きになられて、」
「いや、要くん!浮かれた心は緩みの証拠!武道で行けば云々かんぬん……。」

一気に修一お兄ちゃんの雷がリビングに落ちたのであった。
体を縮こまらせ両耳を塞ぐ私たちに無表情だった瞬くんがツツ…と近付いて囁いた。

「やらしいことは隠れてしてね。」

その顔は天使のように可愛らしい満面の笑みだった。





赤信号にはご注意!

(あらゆることへの警告!!)







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