そう言えば、と貴方の笑顔どころか、顔を見ていないことを思い出して一週間。

真夜中に静かに響く足音に息を潜めながら帰宅を確認して二週間。

三週間目には主のいない空っぽの部屋へ足を向けて貴方が朝まではいたことを辿る。

そうして淋しさが募った四週間目。
貴方の笑顔を見ることが出来なくなってから一ヶ月。
ようやく自覚した気持ち…。





『私は貴方に兄以上の気持ちを抱いていたことに気が付きました。』





カツ、カツ、カツ…。
深夜二時を回る頃に廊下に響く足音に私はようやく安心をして目を瞑った。
彼、だ。
昨日は聴くことの出来なかった足跡は、今夜は屋敷に帰って来た。
何となくいつもよりゆっくりとしたその歩調に私は彼の疲れを垣間見る。

一ヶ月も逢っていないその顔を見たいけれど、彼はきっと私の顔を見たら、条件反射で笑顔を向けるだろう。
まるで心配することを許してくれないかのように…。





私が彼のことを『お兄ちゃん』から『彼』と呼ぶようになったのはいつのことだっただろうか。
私の中ではごく自然のことだった。
気持ちを自覚しても驚きもしなかった。やっぱりな、そう思った。

彼といる時間がこれまでとても自然で、どこかでこの人を失いたくないと思っていたからだ。それが好きな人か、兄か、の違いに過ぎなかった。





私の想い人は西園寺裕次。
私の義兄である。母の再婚に伴い私に出来た兄弟の上から二番目で、いつもニコニコしながら私を本当の妹のように可愛がってくれた。
西園寺家の跡取りとして今は大学生と仕事の二足のわらじを履いて時間に追われている。

いつも隣で当たり前のように笑ってくれていた貴方は今いない。
他の兄弟に呆れられるくらいに私を可愛がってくれた温かな手の平の温もりは冷えてしまった。
『***ちゃんっ!』て語尾に音符でも付きそうな貴方の呼び声も頭の中をリフレインするだけだ。





カツ、カツ、カツ…。
私の部屋の前を遠ざかる足音に帰ってきた存在の安堵から、今度はそれが淋しさに変わる。
この一枚壁の向こうに貴方はいるのに、それでも今は逢えないことよりも笑顔を向けられてしまうことの方がツライ。

それでも欲張りな私の胸は彼に逢いたいと訴える。
待って、とその届かない背中に縋るように無音の中、涙が零れ落ちた。





「…裕…次…お兄ちゃ…、」

私は足音の消えた廊下に彼の姿を探すように部屋の扉を開けた。しんと静まり返った暗闇が深くなってゆく廊下には既に彼の姿はなくて、私はホッとしたような、残念なような、複雑な想いに駆られる。
遠くからでもその後ろ姿でいいから見たかったな、とどこまでも欲深い気持ちに頭をフルフル振ると、その気持ちを吐き出すように息を吐いて部屋へ戻ろうと引き返したときだった。





「だ〜れだ?」

ふっと目の前を遮る大きな大きな温かいもの。
耳元で揺れる優しい声。
私の胸は震えた。

だって…だって…。
ずっと…ずっと…。

求めていた貴方の声、だ。
貴方の手の平、だ。
私が逢いたかった人、だ。





「…裕次お兄ちゃん…っ!」

私はその少しだけくたびれたスーツの中に弾かれたように飛び付いた。
ほんのり残る彼の香水を押し付けた鼻から思い切り吸い込む。
どれだけ貴方にこうして逢うことを待ち侘びていたか、どれだけ貴方に触れて欲しかったか、触れたかったか。

「どうしたの、***ちゃん?」

彼の優しい手の平が私の頭をポンポンと撫でる。そこからじんわりと私の淋しさが解凍されてゆくんだ。

「***ちゃんも淋しかったの?」

私は素直にコクリと頷く以外なかった。もう今さら自覚した気持ちを抑えられるほど大人ではいられなかった。

彼は私の頭をゆっくり撫でながら同じ言葉を口にする。

「お兄ちゃんもだよ、***ちゃんに逢いたかった。」
「…本当…に?」
「本当だよー、可愛い妹の存在は俺のエネルギーだからね!」

私から体を離し、おでこをコツンと私のおでこに軽くぶつけてくる裕次お兄ちゃんの顔が目の前にある。
その顔は本当に疲れなんか吹っ飛んでしまったかのように軽快でいつもと同じ笑顔だった。





いつもと…同…じ…?

確かにお兄ちゃんは私に逢いたかったと言ってくれた。優しく頭を撫でてくれた。だけれども…。

「どうかした?***ちゃん?ああ、やっぱり***ちゃんは俺の癒しだ。大好きな妹だ!」

覗き込まれた裕次お兄ちゃんの笑顔が私の中を空っぽにしてゆく。私はこの大好きな笑顔に確かに逢いたかったのに、なんでこんなに失った感覚が胸一杯に広がるんだろう…。

貴方の手の平は完全に私に触れるだけのもの。触れた先から自分の中に取り込もうとはしない…。





『大好きな妹』。

そうか、そうだよね、当たり前のこと…。
兄妹以上の気持ちを抱いていたのは私だけで、いつも裕次お兄ちゃんは私を『妹』として可愛がってくれていたものね…。





「***ちゃん?何で泣くの?どこか痛い?」
「…うん、胸の奥底、が、ね…。」
「だ、大丈夫?か、か、要さん呼ばなきゃ!救急車!救急車!」

裕次お兄ちゃんの駆けていく後ろ姿が廊下の暗闇に消えていった。
ぺたりと私の足は力なく崩れ落ちて、胸の奥底の痛みを両手でそっと抱く。

痛い、
痛いね、





blindfold

(目を隠した私の後ろにいたのは『兄』の顔をした『お兄ちゃん』でした。)







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