クリスマス当日もあとわずか。

 それでも街はまだまだクリスマス一色で。
 ありとあらゆるところが華やかに飾り付けられ、数多のクリスマスソングが、終わりゆく今日と言う日を惜しむように、それに彩りを添えていた。






「あ、私この曲好き」



 志乃お嬢様が呟かれたのは、とある店先から聞こえてきた曲を耳にした時だった。
 オルゴール調にアレンジされた曲は、クリスマスには定番の――



「……『きよしこの夜』ですか」


「昔小学校の時に、ハンドベルで演奏したことがあるんです。それからずっと好きなんですよ」



 ふふふ、と微笑む志乃様はご機嫌だ。
 とは言え俺の中では数あるクリスマスソングの一曲でしかない。そうですか、とおざなりに返した俺に、志乃様はふと、思い出したかのように問いかけられた。






「そうだ柊さん。この曲が出来たいわれを知っていますか?」


「いえ……」


「昔、クリスマス間近に、とある街の教会のオルガンが壊れてしまったそうです。今からオルガンを直していてはクリスマスに間に合わないし、クリスマスに聖歌がないなんてとんでもない。そこで知り合いの音楽家に、別の楽器で演奏できる聖歌の作曲を依頼したそうです。
彼は渡された歌詞をもとに、一日で曲を書き上げた。
……それがこの曲なんだそうですよ。素敵なお話だと思いませんか?」


「素敵……ですか」



 初めて聞く話だ。だがどう解釈したら『素敵』になるのだろう。思わず考え込んだ俺に気づくことなく、志乃様は重ねて言われた。






「ええ。だってオルガンが壊れなければ、この曲もできなかったんですよ?
オルガンが壊れたことも、音楽家が一日でこの曲を作れたのも、神様からの粋なクリマスプレゼントのような気がして……だから、素敵だなぁって」



 壊れて良かったって言うのは不謹慎かも知れないですけどね、と志乃様は笑った。

 神様からのプレゼント……違うに決まっているが言い得て妙なその台詞に、ひどく納得する自分がいた。
 そういう考え方もありなのかも知れない。だが自分では到底、そんな答えにはたどり着けない。

 何故なら彼女はいつだって、俺には見えないモノを見ていて――





「……あ、雪!」



 志乃様の声に視線を上向けると、灰色の空から確かに白い欠片が落ちてきていた。
 ひらり、ふわり、羽根のように軽く舞うそれは、思わず差し伸べた俺の手の上で儚く消えた。今年初めての雪だ。






「これも神様からのクリスマスプレゼントですかね」


「……え?」


「だって、ホワイトクリスマス……待ち望んでる人もいるんですよ? 私も含めて」






 空を見上げて微笑む志乃様は本当に幸せそうで。

 彼女の考え方に呆れるとともに、羨ましくも思える自分もいて。

 そんな自分の変化に戸惑いながら、俺は白い雪に見とれるお嬢様に――否、志乃という一人の女性に見とれていた。



 ずっと流れる『きよしこの夜』を、聞くともなしに聞きながら――









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