紳士のススメ*
※紳士番外編の続編(シリーズ既読推奨)
金の鍵。
たった一本のそれだけが二人を繋いでいた。
なまえは少し錆びついてくすんだその鍵を掌で眺める。
上官、しかも所属兵団のトップと言葉で説明出来ない関係になってから一月が過ぎた。
兵舎の最奥に佇む重厚な扉には、歴代の幹部達に使われて来たのか細かな傷や小さな凹みがあり、その使用感すら生々しく映る。
彼女が何故そんな些細な部分まで観察しているかというと、鍵を握り締め部屋の前に来てから立ち尽くすのが常であったからだ。
唾を飲み込んで、意を決して鍵穴に差し込む。カチリという微かな解錠音にさえ心臓が跳ねた。
汗で滑るノブを引けば、美しいアイスブルーがゆっくりと振り向く。
「…おいで」
ベッドに腰を下ろし資料に目を通していたエルヴィンは、入室して尚その場で動けずにいる部下を手招きした。
なまえは恐る恐る足を進め、彼の側へ立つ。
いつまで経っても上司を前にした緊張感は拭えなかった。
サイドテーブルには自分が処理しているそれよりずっと難しい気な書類が山積みで、この人が本当に団長なのだと実感させられる。
「あ、っ」
片腕を引かれ、シーツに膝をつく。
反射的に引きそうになった腰は抱きすくめられた。
「ほら、力を抜きなさい」
「は、ッ」
服の上から背筋をなぞられただけで声が漏れる。
自分はなんてはしたなく堪え性のない人間になってしまったんだろう。
淡い快感を耐える為握り締めた相手のシャツは、香水の匂いでもない、インクの匂いでもない、男の匂いがした。
あの夜会から、未知の世界に溺れて、ずっと檻で暮らしているみたいだ。
もう後戻り出来ないような気がして、快感の底から怖ろしさが噴き出してくる。
しかしそれすらふやけた脳が分からなくさせる。
このまま、いつものように逞しい腕に獣めいた悦楽を貪って。
そしてまたそれとない誘いに乗って、体を合わせて。
ただひとつ今迄の夜と違うのは、今夜の彼女には一つの決意があることだ。
私は団長を誰にも渡したくない。
そう口走ってしまったのは、きっと熱に浮かされただけだと言い聞かせた。
曖昧な関係を続けこの人に沈めば抜け出せなくなる。
「ん、ンンッ…」
ぬるぬると口内を掻き回す舌に絆されそうになるのを必死で振り切った。
入団した頃から淡い慕情を寄せていた人がこんなにも近くにいる嬉しさと、余りにも近づき過ぎた戸惑いと慄きが共存している。
どっち付かずのだらしない自分にけじめをつけなければ。
頭では分かっていても、神経は穏やかに懐柔されていく。
エルヴィンは彼女の葛藤を知りつつ、唾液に濡れた舌先を絡め取った。
あどけないながらも、相手の動きを真似、受け止めるのが上達している。
思わず口角を吊り上げた。
「は、大分慣れてきたじゃないか。
覚えの良い部下を持てて嬉しいよ」
襟元に伸ばされた手に我に返り、慌てて肩を押し返す。
「っ、も、もう私、ここには来ません…!」
突然の発言にエルヴィンは珍しい生き物を見つけたように一度目を瞬いた後、ゆるりと細めた。
「ほう…?好きな男でも出来たか」
こちらを窺ってくる瞳に、つい全てを吐露してしまいたくなる。
しかしそんなことをしてしまえばあっという間に彼に懐柔されることはわかりきっている。
「い、いません!そんな人!でも、もうしません…!」
この一月、ずっと考えていた事だった。
だらだらと上司に縋ってはいけないと。
なまえは鍵をエルヴィンの胸元に押し付け見上げる。
彼は瞳の奥にじわりと無自覚の期待が滲んでいる事を彼は見逃さなかった。
「…決めるのは君だ、好きにしなさい」
敢えて優しく微笑み、震える手から鍵を受け取った。
それから一週間余りが過ぎ、上司からは何の音沙汰もなく、突如戻ってきた平穏な日々に逆に不安になる。
彼を怒らせてしまったかも知れない。
しかしそれは恐らく杞憂だった。
命令だとはただの一度も言われていない。
夜会への出席すら、自分で望んだことだ。
自分で選び、自分で手放しただけ。
切れてしまえば元から無かったかのような関係に、虚しい気持ちになる身勝手な己をそれが報いだと自嘲した。
数日後、会議の予定が入った。
次回の壁外調査の陣形確認で、幹部をはじめ、中堅兵士が多数出席する比較的大きな会議だ。
出席者名簿にある名を見つけただけで肝が冷える思いがした。
宙ぶらりんな関係が消滅してから、一度も彼に出会っていない。
結局、体の繋がりがなければその程度の縁だったのだ。
会議当日、名札の付いた席に座し、辺りを見渡せば大会議室はかなりの人数で埋まっている。
ほっとしたのも束の間、程なくしてエルヴィンが入室し、その団長然とした立ち振る舞いの裏に自分を笑いながら組み敷いた面影を重ね、心臓が飛び上がった。
淡々と進む会議の中、エルヴィンは黒板を背に資料を説明するばかりで彼女と目が合うこともない。
今までだってそうだった。
ただの上司と部下。
きっと、これからも。
元の立場に戻っただけなのに何故こんなに空虚な焦燥感に駆られるのだろう。
なまえは我儘を誤魔化す様、席に置かれた水を一気に飲み干した。
夜の帳が下り、なまえは覚束ない足取りで自室を抜け出した。
ふらふらと目に付いた小さな資料室に逃げ込む。
会議の後からずっとからだの芯が熱い。血管が拡張し、頭が痺れる。
風邪を引いた熱さではない。
これは、恐らく。
埃っぽい壁にもたれ掛かってやり過ごそうにも、呼吸は荒くなる一方だ。
ぞわぞわとだらしのない欲求が下腹で蠢く。
ほんのすこし前まで、自分の体が上官にもみくちゃにされる日がくるなど、思ってもみなかったのだから。
突然彼の腕に抱かれ、何もかもおかしくなってしまったに違いない。
なまえは欲情に絆される己の浅ましさが恐ろしくすらあった。
治りを知らない甘い痺れが導くまま、シャツの上から突起し主張する部分をそっと触れる。
「ッ、あぁ!」
全身を貫く快感に、思わず目の前の机に突っ伏した。
些細な刺激で膝が震えだす。
「いけない子だな」
「ひ!だ、団長!」
半開きだった扉から覗いたその人影になまえは悲鳴を上げ後ずさる。
小さな小窓があるだけの袋小路に迷い込んだ小動物を見つけた猛獣のように、エルヴィンはゆったりと彼女を追い詰めた。
「や!な、なんで!!」
「しぃっ、扉の鍵を掛けるのを忘れてしまったかも知れない。あまり騒ぐと聞こえてしまうよ」
半ばパニックに陥り、叫ぶなまえの唇を人差し指で塞ぐ。
本当は鍵など掛けたに決まっているが、彼女は誰かに聞かれることを仄めかした途端大人しくなった。
怯え、戸惑い、そして秘めた欲望。
己と闘う表情は何とも言えない美しさと淫さを兼ね備えている。
エルヴィンは乾いた唇を一舐めし、壁に張り付いた部下を強引にテーブルまで引っ張りあげた。
「言え。一人で何をしていた」
「っ…!」
黙りこくるなまえを敢えて覗き込んでやれば、あからさまに肩が強張った。
恐怖か生理的なものか見上げる瞳には涙が滲む。
「…答えられないならば、喋らなくていい。聞く場所は口以外にもあるからな」
何度抱いても恥じらいの抜けない彼女の服を剥ぐのには慣れた。
暴れる脚の隙をついて、寝巻きのワンピースから下着を脱がす。
エルヴィンはなまえの唇を二本の指を詰め込み塞ぐと、すでに潤んだそこに指を侵入させた。
「ン!あうっ!!」
異物感になまえは反射的に指を噛む。
上司は構わず指先を更に奥へと押し込んだ。
喉に当たる爪の感触に、低い呻きが上がる。
「っぐッ!!」
「こら、噛んだら痛いじゃないか。唇でしっかり咥えていなさい」
優しいが、有無を言わせぬ口調に、なまえは恐々と唇で食み、舌で吸い付くとアイスブルーが細められる。
指を挿入された下腹はじくじくと疼いていた。
「ン!うぅ!」
うねる襞を無骨な指が丁寧になぞり、時折軽く引っ掻く。
瞬く間に教え込まれた快楽が溢れ出す。
腹の内側から自分の知らぬ自分を引きずり出されるこの感覚に、何度苛まれたことか。
「溜まってるだろ?一度イっておけ」
なまえの迷いを振り切るように、とっくに見つけた彼女の弱点を強く擦ると容易く腰が跳ねる。
「んんん!!」
従順な身体にエルヴィンは内心愉悦していた。
引き抜いた両手はどちらもべたりと銀糸が絡む。
ベルトを緩め、窮屈に収まっていたそれを解放すると、絶頂の余韻で惚けたなまえに再び覆い被さった。
「もうしないと、言ったのは君だったね。」
唾液に濡れた口唇に口付け、ふやけた舌を掠め取る。
達して敏感になった身体はそれだけで腰が動く。
いじらしさに早くめちゃくちゃにしてやりたいのを堪え、目尻に涙を溜めた瞳にゆっくりと尋ねた。
「君の言う通りやめてしまおうか?それとも、私に抱かれるのが嫌なら他の兵士でも呼んでこようかな?」
ぼんやりしていた目が急に悲壮な色に染まる。
本能と理性の間で惑う色だ。
なまえは迫り来る悦欲の中、関係解消を切り出した日の事を反芻していた。
あの時は、もうこれが最後だと誓って。
ありふれた兵士として生きようと。
私が私で無くなる前に。
目の前の上司はシャツ越しでも逞しい筋肉が分かり、僅かに乱れた前髪から覗くのは、彼女が憧れ、そして苦手でもあるこちらを真っ直ぐ射抜いてくる碧眼。
汗ばんだ肌と、情事特有のむせる匂い。
太い首からは喉仏が隆起し、顎には深夜だからか短い無精髭が見て取れる。
近付かなければ、こんなこと、気付かなかった。
この身体が、私を組み敷き、押し潰し、撫で回して。
一度欲を知ってしまった場所が、まだ足りないとひくついている。
エルヴィンは答えを促すように、上気した頬に手を添えた。
じっとり濡れた細指がそれに重なる。
「だんちょ、が…団長だけが、欲しいっ…!」
余裕の無い半開きの唇からはみ出す赤い舌先は、さながら喘ぐ子犬だ。
あのグラスには媚薬を入れていた。
ただし、呼び水になるようほんの少しだけ。
彼女がこの部屋に来る頃にはとっくに効力は切れてしまっていたはずだ。
少量の薬が火を付けたのか、或いは、彼女自身が持つ魅力が薬を凌駕したのか。
期待を裏切らない部下に、生唾を飲み込む。
そう来なくては。
君は、いつだって私の理性を奪い、ただの欲を貪る男にしてくれる。
時には私さえ知らぬ激情を暴いて。
「さぁ、どうしようか」
エルヴィンはなまえの切羽詰まった表情を楽しむように、膣口に竿を滑らせ焦らした。
欲に負けた彼女は半ば泣きながら懇願する。
「や、だんちょう、おねが、っはあぁん!!」
言い終わらない内に、煮え滾る熱塊を慣らしきった秘所に突き立てた。
「ふ、ん、ンッ、んー!」
ずりずりと馴染ませるかの如く擦り込まれる怒張に、襞の一つ一つまで想像出来そうなほど、快感が掻き立てられる。
辛うじて声を出してはいけないという理性だけ頭の隅にあり、そこに縋り付くしか彼女の術はなく、ただひたすら唇を噛み締めた。
求めていた形に膣内は歓喜に蠢き、宛ら赤子が乳を飲むよう怒張を咥え吸い上げる。
なまえは意思と裏腹に貪欲に変化する下腹のなすがままであった。
エルヴィンはふいに彼女の両脚を抱え上げると肩に掛け、ぐっと上体を倒す。
「ひン!深ぁっ、ぁあ!」
体位を変えたことで、一層深まる挿入に、子宮口が悲鳴を上げる。
彼に教えられなければ知らなかった劣情だ。
なまえは混濁する意識の中、享楽以外の感情を手繰り寄せようとする。
こわい、こわい。
壊れてしまう。
「っ〜〜!!!!」
しかし細やかな精神の抵抗も虚しく、官能に飲み込まれた腰は、戦慄き急激に収縮を繰り返す。
エルヴィンは痙攣する膣からぬるりと性器を抜いた。
彼女は脱力感と胎内を埋めていた塊の無くなった虚無感に膝から崩れ落ちる。
もう駄目だ。
逃げなきゃ。
この人から、暴かれた自分から。
欲にまみれた渦に、引きずられ、取り返しの付かなくなる前に。
なまえは咄嗟にがくがく笑う膝でなんとか立ち上がり、ふらつきながらも戸口に足を進ませた。
背後からはかつかつと明瞭な足音が近付く。
エルヴィンは内鍵を捻ろうとするなまえの太腿を掴み、一息に杭を打った。
「あァんっ!」
彼女の手を扉に縫い付け、耳元に囁く。
「逃げるな。君はどうしたいんだ」
「わ、からな…あぁ!」
浅瀬を焦らす律動に、なまえは扉に爪を立てた。
無論その程度で快感が紛らわされる訳は無い。
「分からないなら、分かるまで教えてあげよう。君に誰の首輪がついているのか、ね」
エルヴィンは鈴口が子宮口と癒着しそうな程、密着したまま突き上げる。
「やーっ!ごめんな、さいっ、はぁあ」
「はは、何が」
切羽詰まった喘ぎに、彼は口角を吊り上げた。
「も、そこ、ばっかり…は、いじめないで、くださいっ…!っあ」
助けを請うように見せて、完全に自分に堕ちた色をする女の顔。
ぞくぞくと背筋が粟立つのを自覚し、喉が鳴った。
「…よく覚えておきなさい。男にそんな事を言ったらもっと、とねだっているようなものだ」
人差し指と中指で溶けた部分の飾りを挟み、律動を強める。
放置していた乳房を揉みしだき、主張する突起を弾いた。
「ひぁああ!」
「っ、く…!」
脈打つ自身にぴったり張り付き絞る膣の動きに、ぶるりと腰が震える。
射精をすることすら惜しく、深みの手前を嬲り、締め付けを緩めた。
「は、ぁっ、も、これ以上、私を、はしたなくっ…しないでぇっ」
涙の膜が張った双眼、ぬらぬら光る唇、朱に染まる頬、どうにか性欲に抗おうと扉を掻く指。
雄をめいいっぱい咥えた腰は無自覚に小さく前後している。
初心な癖に、愛欲に熟れた嬌態を目の当たりにし背骨を突き抜ける快感が走る。
それなりに経験は積んできたつもりだが、この小娘には、己の自制心を激しく掻き乱される。
悪戯に女の喜びを覚えさせた報いか。
エルヴィンは眠らせていた獣がゆらりと頭を擡げる錯覚に陥った。
ふつふつと奥底から湧き起こる加虐心に笑みが抑えきれない。
「は、っ…!なればいい、好きなだけね」
怒張をぎりぎりまで引き抜き、ひくつく膣内に一気に腰を穿つ。
「は、アァ!だ、んちょうは、気持ちいいですか…?」
それは彼女の常套句だった。
最中何度でも健気に聞いてくる。
「君はいつもそれだな。言っているだろ?気持ちいいよ、とても。」
律動が襞の感触を味わうよう緩やかなものに変わる。
より男性器の形がわかる動きになまえは嬌声を堪えられない。
「ああ!は、だんちょう、ふっ、指、入れてください、んん!声が、出ちゃう…!」
「ほら、」
エルヴィンは指を涎まみれの口内に差し入れた。
素直に吸い付く舌が彼の欲を炙り出す。
「ン、ん〜っ!は、ン、…!!」
喘ぎを抑えようとする不可抗力で、膣内はより狭まる。
彼は胎内を掻き分け、最深へと塊を押し付けた。
甘くほぐれた部分を更に揉みほぐし、互いに上り詰めていく。
相性というものがあるが、今まさにそれを実感していた。
「ん!んん〜!!っはぁっ!!」
口に突っ込んでいた指を離し、両手で腰をがっちり引き寄せる。
「あ!ああ!は、ぅ、んん、ひは!」
結合部に触れる陰毛や陰嚢の肌触りや、耳に掛かる熱い吐息ですら、なまえの喘ぎ声を高める。
最早、彼のこと以外何も考えられなかった。
エルヴィンはなまえの痴態に誘われるように、再奥をぐりりと押し潰す。
「ッ、ひ、はぅ!ぁあーっ!!」
「く!」
一際痙攣する胎内に、はち切れんばかりの白濁を吐き出した。
なまえは絶頂にぐったりと戸口に体を預ける。
エルヴィンは弛緩した体を背後から抱き締めた。
太腿まで粘液で濡れそぼち、無抵抗に放心した彼女は、上司を充足感で満たす。
彼は汗に張り付いた髪を梳いてやり、耳朶を甘噛んだ。
「明日も私の部屋においで。いいね?なまえ…」
荒い息と、断続的な痙攣の名残に浸る中、なまえの網膜にはぼんやりと上司の真っ青な瞳が映る。
甘ったるい低音に口は勝手に返事をする。
「は、い…」
「いい子だ。これは返そう」
エルヴィンはあの日のように自室の鍵を部下に握らせた。
掌中の冷たい金属の感触が、逃れられない鎖のように彼女の皮膚を穿つ。
なまえは彼の紳士的な微笑をいつまでも眺めていた。
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