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 ありふれた午後

昼休みにちょっと一人静かに休憩しようと、手頃な木に登って昼寝したのはいい。
それはいいのだが。

「ハハ…どうやって下りるんだっけ?」

わざわざ人通りの少ない裏庭を選んだのが仇となり、木の周りには誰もいない。

思った以上に高い地面までの距離にため息しか出ない。

立体機動ではなんてことない高さも、生身の人間には限界がある。

兵舎の二階に届きそうなこの場所からでは、飛び降りたとして全くの無傷とはいかないだろう。
足のひとつくらい捻るかもしれないし出来れば避けたい。

しかしぐずぐずしていると昼休みも終わってしまう。
いっそ側の窓に飛び移るか?

そんなことを考えていると、いつの間にやら木の下に足音が聞こえる。
しかもひとつでは無いみたいだ。

助かったと胸を撫で下ろす。
梯子でも持って来てもらおう。

枝の隙間から下を覗き込んで、愕然とした。

なにやら小難しい話をしながら歩いているのは、我らがエルヴィン団長とミケ分隊長だ。

ここはやり過ごして次に通りかかる人を待とう。

そう決めたのに、ミケ分隊長の嗅覚が運悪く私の匂いを嗅ぎ当て立ち止まる。

つられてエルヴィン団長まで顔を上げた。

「何をしているんだなまえ…」

「ぎゃっ!エルヴィン団長!ミケ分隊長!」

誰か来て欲しいとは願ったが、何もこの二人とは言ってない。

よりによって団長と分隊長に梯子を持って来てなどと大それた事が頼める程、流石の私も命知らずではない。

「なまえ、まさかとは思うが…降りられないのか?」

ミケ分隊長の鋭い指摘に、冷や汗が止まらない。

「ま、まさかあ!これから仕事に戻ろうと思ってたんですよ!大丈夫です!!」

「…そうか。程々にな」

必死の弁明は何とか伝わったようでミケ分隊長は若干冷たい視線をくれながらも再び歩き出す。

けれどほっとしたのもつかの間、エルヴィン団長はその場に留まったまま、視線を外してくれない。

「だ、団長…?」

「なまえ、私は素直に言った方がいいと思うが」

「!な、何の事ですか…」

完全に見抜かれている。
一応とぼけてみても結果は同じだ。

「君は一生其処にいるつもりか?」

「うう…」

「なまえ」

心の奥を読むような青い目に見つめられて、シラを切り通せるわけがない。
私は遂に己に屈してしまった。

「………助けて下さい……」

「ミケ」

自分の不甲斐なさに項垂れる私をよそに、団長は分隊長を呼び戻す。

分隊長はやれやれと言いたげに大げさに肩をすくめて戻ってきて、団長に無理矢理言わされただけですと心の中で言い訳をした。

両手を私に広げる分隊長を見て、ふと嫌な考えが頭を過る。

「なまえ、受け止めてやるから飛び降りろ」

「へ…?」

無表情で言い放つ分隊長に、収まっていた冷や汗が再び吹き出した。

「あの、梯子か何か持ってきてもらえれば…」

「備品倉庫は此処から真反対だぞ。昼休みが終わる」

「で、ですが…」

「なまえ、俺が信用できないのか」

「…!!」

そんな言い方、ずるい。
選択肢は一つしか残されていないじゃないか。

意を決して、足を踏み出す。
重力に従って、急激に体が降下していく。
その浮遊感に思わず目を瞑った。

「うわあっ!!!」

ぶつかった衝撃に、ドサリと地上に倒れ込む。

「いったあ…」

腰を摩りながら身を起こすと、私の下で伸びている分隊長がいた。

「なまえ、意外に重…」

「ぎゃあああごめんなさいごめんなさい!!!!」

平謝りで起き上がったら、今度は背中に軽い衝撃が走る。

「葉が沢山付いてるぞ」

「ひい!エルヴィン団長!」

後ろを振り向けば、間近に迫ったエルヴィン団長の整った顔に固まった。

伸びてきた手に、髪に絡まった小枝や葉っぱを取り除かれる。

「ほら、もう大丈夫だ。お転婆も適度にな」

やんわり窘められ、情けなさに項垂れる。

「すいません…」

「はは、悪いと思っているなら午後から書類整理を手伝ってもらおうかな」

「は、はいっ!」

さり気なく慰めてくれているのか、あくまで紳士な団長に、私がただの町娘だったらさぞや惚れていたことだろう。

「さあ行こう。ご苦労だった、ミケ」

「いや」

団長は、私の肩をぽんぽんと叩いて歩き出す。

分隊長も埃を払って立ち上がった。

「そう言えば何であんな所にいたんだなまえ」

「えっ!?」

分隊長の質問ももっともだが、まさか昼寝してましたなんて吐けば今度こそ首が飛びそうだ。

「はは、いやぁ…ちょっと鳥の巣を観察してて…」

私は馬鹿か。
これでは昼寝と大して変わらない。

案の定憐れみの視線が落ちてくる。

「…変な奴だな」

「まあ良いじゃないか、怪我が無くて何よりだ」

団長の優しい声に、言い忘れていた言葉を思い出す。

「お二人ともありがとうございます」

両側から返事が返ってきた。

「どういたしまして」
「フン」

大柄でさながら二メートル級巨人の二人に囲まれて小さくなりながら、兵舎へと向かう。

私の歩みはそわそわとして、自分でもわかるほどぎこちない。

歩きながら見上げた雲間には、噂をすれば鳥が飛行している。

我が物顔で上空を舞う彼らに小さく願かけた。

こんな日がありふれた午後になることを。











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