恋はあまりに難題です
「チェック」
二人だけの部屋に響く王手のコール。
エルヴィンはしげしげと盤上を眺める。黒いキングの逃げ場は見当たらない。
「…おや、久しぶりに負けたな」
素直に負けを認めるその表情はどこか楽しげだ。
余裕綽々とソファにゆったり背中を預け、ウイスキーを口に含む様は敗者のそれではない。
「罰ゲームね」
対局前の約束だった。
「なんなりと」
全面降伏の姿勢のエルヴィンに気を良くし、なまえは身を乗り出した。
かといって酒の入った遊びの席で過激な事を要求するつもりもない。
「じゃあ私の質問に答えて。」
意気揚々とワインを煽る。
「ねえ教えてよエルヴィン団長。女を落とす秘訣は何なの?」
「そうだな…」
少し考えてから、少年のように澄んだ瞳が輝く。
「最初は物腰柔らかに、油断させておいてここぞという時は強引に、といったところか」
なまえはもっともらしい答えにけらけらと笑う。
「策士ねぇ」
「そうでもないさ。これに引っかからない女性もいてね」
さも不本意と言わんばかりに眉を顰めてウイスキーを飲み干す彼ににわざとらしく驚いてみせ、
「あら御愁傷様。そんな賢い女も居るのね」
「残念な事だ。私はこんなにも彼女を手に入れたいと願っているのに」
相手のグラスに酒を継ぎ足し、話の続きを煽った。
「ちょっと押しが足りないんじゃない?」
「やはりそう思うか。なら早速、」
エルヴィンは言うなり、なまえのグラスをひょいと取り上げてテーブル脇へ置くと、細腕を取り強引に手前に引く。
バランスを崩したなまえはローテーブルを越え、男の膝上へ倒れ込んだ。
「何、するの!」
硬い胸板に鼻頭をぶつけ、涙目で見上げた青色は余裕と愉悦をたっぷり吸っている。
「君が言ったんだろ?押しが足りないと」
逃げようにも片腕はがしりと腰を捕縛し、先程まで駒を弄んでいた指先は背骨の窪みをなぞり下へ滑って行く。
「はぁ?!ていうかどこ触ってんのよ!」
「私はこう見えて短気でね、待つのは嫌いなんだ」
焦らすように下唇に触れる指の腹はいやに熱い。
どくどくと血流が煮えたぎるのは、きっとお酒のせいだ。きっと。
テーブルを一瞥すれば黒のキングの道を塞ぐ白い駒たち。
「私…勝ったわよね?」
「勝ったな」
一体いつから彼の手中にいたのだろう。
「…なんか負けた気がするんだけど」
「気のせいだ。君の勝ちだよ、チェスはね」
さっそくジャケットを脱がす同僚が昔から一度決めたら引かない質なのはうんざりするほど知っている。
手のひらで転がされることに満更でもない自分にやきもきしながらも、抱き締める男らしく太い腕に自然と力が抜けてしまう。
「なまえ、君とずっとこうしたかった」
なまえは鼓膜を擽る砂糖まみれの甘言にまんまと酔い、ほのかに男物のコロンが香る肩に額を寄せた。
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