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 好奇心は子猫を殺す*

※紳士後日談(紳士シリーズ既読推奨)









夢だったとすら、思うことがある。
上等過ぎるタキシードや金細工が見せた、まやかしだと。

夜会の一件から恐ろしいほど何も変わらなかった。

お互い業務は多忙を極め、顔を合わせる機会もろくになく、ただ日々が過ぎていく。

仕事中はそのことに集中できるが、夜眠る前やふとした時にあの穏やかな眼差しに隠れた猛禽を思い出し、身震いがした。

しかし何があろうと時間は進んでゆくもので、あの夜があくまで個人的な出来事である以上兵士としての生活が優先だ。

「これ、第二資料室に運んどいてくれるー?」

「はーい!」

細かな雑用を進んでこなし、団長室へ向かう用事は徹底的に避けてきた。
まだ生々しい感情との対峙に怖気づいていたからだ。

第二資料室は団長室から最も遠い。
なまえはほっとし、両腕に束を抱え込んだ。





資料室のドアは何故か半分程開いており、両手の塞がっている所に幸いと隙間から滑り込むと、部屋から出てきた兵士とぶつかりそうになった。

「あっ、ハンジさん!」

「おっとごめんよなまえ!」

見慣れた眼鏡の同僚は気さくに謝り、彼女の為に扉を大きく引いた。

「じゃ、また後で報告書もってくるから!」

室内に向け掛けるその台詞は明らかになまえに向けられたものではない。

全身の筋肉が硬直し、いやな汗が滲む。

分隊長であるハンジがわざわざ報告書を提出する相手など一人しかいない。

まさか、まさか。

「ああ」

短い一言でもわかる、低く安定感がある声の持ち主。
またねとなまえの横を通り過ぎるハンジの声は耳に届かない。

恐る恐る目を凝らすと、窓際の影がゆっくり振り返る。

怯える部下に本棚が並ぶ資料室の最奥に佇むエルヴィンは柔らかく微笑んだ。彼女が慕ったあの紳士的な笑みだ。

なまえは今更引き返す言い訳もなく、己の脚を叱咤し、資料室に踏み入る。

両手一杯の資料を一瞥したエルヴィンは人懐こい笑みで近寄った。

「手伝うよ」

「い、いえ、大丈夫です」

遠慮するなまえに構わず資料に伸びた手が、彼女の指を掠める。

「ひ、」

反射的に離してしまった手から、重たい紙束はどさどさと派手な音を立てて床に落ちた。

なるべく平静を装うという彼女の密かな決意は呆気なく崩れ去る。

「大丈夫か」

「す、すみません!」

床に盛大に散らばった紙をかき集める部下に倣い、エルヴィンもその向かいにしゃがんだ。
はたから見れば大層面倒見の良い上官に映るだろう。

紙拾いを手伝ってやりながら、僅かに間合を詰め、耳元へ唇を寄せる。

「自分から食われに来るとは…殊勝な心掛けだな」

「そ!そんなつもりじゃ、」

案の定なまえは顔を真っ青にして首を振った。
泣き出しそうな瞳に沸き起こるものを感じ、狼狽える部下の反論を遮るように続けて囁く。

「君が望むなら…今夜、私の部屋へおいで」

彼女が見上げた上司は穏やかな微笑に底知れぬ暗色を宿していた。











「来ると思っていたよ」

余裕綽々にベッドに腰掛ける上司の前で、なまえは立ち竦んだ。

どうして私はここに。
自ら脚を運んでおきながら、自問自答していた。最も答えは濃霧の中だが。

エルヴィンは戸惑う部下に悠然と笑いかけ、その腰を抱き寄せる。

「い、いや…」

なまえの口から咄嗟に拒否が零れた。
手のひらでかたい胸板を押し返し一定の距離をとる。

「嫌?本当に?ならば何故ここへ来た」

逸らすことを許さないと言うように真っ直ぐ射抜く視線。
心の中を探る瞳に彼女は怯える。

目の前の男は分厚いジャケットも夜会のタキシードも纏わず、シャツを一枚羽織った襟元からは男性特有の隆起した喉仏が覗く。
それがどうしようもなく淫靡なものに思えた。

「…わかりません」

「またそれか」

触れた胸板から布越しに伝わる体温が嫌に熱っぽい。
規則的に上下する上司の肺に対し、なまえの呼吸はますます早くなってゆく。

恐怖や混乱が膨らむ中で、あの夜から最早引き返す道はないのだ。

「わ、わかるわけないじゃないですか。団長と違って、私は貴方が初めてなんですよ…!」

彼女は何故こんなにも男の欲を煽るのが上手いのか。
エルヴィンは涙混じりの声で訴える扇情的な表情に身体の中心に熱が集まるのを感じ、逃げ腰を強引にかき抱いた。

きつく結ばれた唇を無理矢理こじ開ければ、案外すんなりと力が緩む。
昨日の今日で慣れたとは到底思えないが、恐らく彼女は今この間自分に嬲られた時の事を反芻し、初心な体を委ねているのだろうと思うと気分が良かった。

そういえば彼女はキスが度下手だったのを思い出して、息継ぎのタイミングをさりげなく作ってやりながら舌を侵入させていく。

小さな舌が戸惑いながらも恐る恐る自分の動きの真似をしてくるのがいじらしい。

「ふ、はぁ、はぁ…」

息苦しさからか欲情からか、荒い呼吸とふやけた顔はとてもこの前まで処女だった女性のそれではなく、熟れきった色欲の香りに劣情は膨らむ。

勢いに任せ、業務終了後でも律儀に着用してきたジャケットとシャツを剥ぎ、背中をベッドに隣接する壁に押し付け、首筋を食んだ。

まるで若者のような性急さにエルヴィンは自嘲した。

柔らかな胸をゆるゆる揉み込み、桃色の縁を焦らしながらなぞる。

「んんっ!」

一瞬爪が硬くなった先端を掠め、なまえは甘い嬌声を上げた。

そのまま吸い付かれ、時折甘噛みされると、身体中が火照り思考が出来なくなる。
夜会の熱が再び首をもたげ、されるがままはしたなく喘いでしまう。

性的な体液がじわりと滲んでくる感触に、太股を擦り合わせるのを目敏く見つけたエルヴィンは弱々しい抵抗を振り切りズボンを脱がした。

「どこを触って欲しい?」

既に潤みきった割れ目にゆっくり指を這わせる。

「なまえ、答えなさい」

透明な液体に濡れそぼつ部分をなぞり、わざとらしく指先を膣口に入れた。

「ああっ…!」

跳ねる腰を押さえ、壁の溝を確かめながら奥へと進む。
なまえは目尻に涙を浮かべ首を振るが、この状況で拒否は誘惑だ。

「わ、わからないです…っんあぅ!」

悲壮な嘆きに容赦なく二本目の指を一気に突き立て、膣内を埋め尽くす。
指先をばらばらに動かせば一層高い声が漏れる。

なまえは息も絶え絶えに逞しい二の腕に縋りついた。
わからない、何も考えられない、だって。

「は、団長が触ったとこが、全部熱いからぁっ…!」

「……これで無意識とはな…たちが悪い」

エルヴィンは独りごちるように呟き、赤く熟れた花芯を指の腹で潰す。

「あぁんっ!!」

突然与えられた直接的な刺激は、胸への愛撫もあいまって、無垢な性欲を呆気なく絶頂へ導いた。

未だ余韻で震える腰へのし掛かると、中途半端にはだけていたシャツを脱ぎ捨てる。
バックルを外せば窮屈そうに収まっていた性器が天を向く。

力の抜けた両足を優しく開いてやり、膣口へ押し当てた。
壁の隆起を楽しむごとく、ぬぷぬぷと怒張を侵入させていき、最奥に到達した所で動きを止める。

「ひ、あ、あぅ」

異物感を圧倒的に上回る快感になまえの背は大きくしなった。

つい先日までただの上司だった男の性器はどくどくと脈打ち、胎内をみっちり塞ぐ。
律動しなくとも子宮は雌の本能で収縮し、膣壁は熱の塊を絞ろうとうねりを繰り返す。

あの時と同じ、自分が自分でなくなる感覚。
目の前の上司のぎらつく瞳。煮え繰り返る激情の青に夜会の一部始終が蘇る。

「ッ、この前…」

「うん?」

柔らかく聞き返してくれる瞳の底にもやはり猛禽の色が潜んでいた。

「はあっ…この前、はぐらかされました」

「何を」

エルヴィンは口ごもる部下の続きを辛抱強く待つ。

「私で、…気持ちいいですか…?っ、んっ」

上目遣いで健気に問う純真さとは反比例し、無意識に下腹部が動いているという嬌態に生唾を飲み込んだ。

「ああ…勿論だとも」

雄の加虐心を奥底から引きずり出す、淫靡と初々しさが共存した姿。
あの夜手篭めにした状況と同じ、こちらが誘ったつもりが蟻地獄にでも飲まれた気分だ。

いっそ溺れるのも悪くないか。
エルヴィンは乾いた唇を一舐めし欲情のままに抽挿を始める。

「ひゃ!あ、あぅ、っは、ああ、ん!」

ぎりぎりまで引き抜いたと思えば、いきなり最奥を貫き、先端がぐりりと小さな入り口を押し上げる。
力を抜けば抜く程雄は奥まで入り込み、彼女すら未知の部分を蹂躙した。

ベッドがぎしぎしと軋むのを聞きながら、なまえは次々やってくる波を堪えるのに必死でシーツを握った。

熱欲が炙る意識の中、真っ青な眼光と、骨太な肢体が鮮明になる。
鍛え上げられた筋肉はまるで彫刻作品だ。
律動に合わせ形が変わるのが艶かしい。

同じ兵士でも、骨格が太い分男性の方が筋肉量が増え、服を脱げば性差はより明らかで、組み敷かれているという事実を突き付ける。

どちらともつかぬ荒く短い息遣い。汗と性液で濡れる肌。
そして胎内に穿たれる欲望。
五感全てが下腹部に収束し、はしたない情欲が体積を増す。

「や、は!だ、んちょう…!からだが、何かおかしっ…っうぁ!」

「それはイく、と言うんだよ」

淫欲に負けるのが恐ろしいのだろう、エルヴィンは半泣きで訴える唇を塞ぎ、前回見つけた弱い場所ばかりを責める。
声も出せず悶えるなまえに征服欲は募った。

無意識に自分にしがみつく細腕を愛しく思いながら、痙攣する身を抱え込み、絶頂のさなかの煮えたぎる膣に白濁を吐き出した。

「はあっ、はあっ…」

ぐったりと全身を弛緩させ、しまい忘れた舌、上気した頬、潤んだ瞳、余韻で断続的に跳ねる腰。

愛欲を知り尽くしたかのような痴態に再び中心に神経が集まる。
背筋に快感の鳥肌が粟立った。
自分がこじ開けた花か、それとも彼女の純然さ故に開かされたか。

力任せに彼女を抱き起こし、ゆるく勃起した性器を再び挿入した。
熟れきった膣は簡単に受け入れ、甘い締め付けに直ぐに硬さを取り戻す。

「今日は意識も有るようだし、このまま続きをしようか」

「や、は!ああっ、はぁあ!」

信じられない、何を考えているんだと言いたげな顔がエルヴィンを振り返る。彼は楽しそうに耳朶を食んだ。

「君は考え過ぎなんだ。こうしてしまえばただの男と女だろう?今の私に深慮や政治的工作があるとでも?」

真昼の眩しさも夜の妖艶さも比ではない、ぎらぎらと輝く雄を剥き出した瞳孔。
なまえには彼の言葉が本心かは測りかねる。

休みなく襲い来る一人では得られない感覚。

”考え過ぎなんだ”

言ってもいいのだろうか。
もっと単純に抱き合うのが嬉しいと。

「ッ、なまえ…」

自分の名を呼ぶ熱っぽい掠れ声は、とても昼間部下に指示するそれではない。

肉体の悦楽の囲いの中でただ一つ気付いたのは、紳士の仮面から覗く狼を自分はそんなに嫌いではないということだ。









「団長、私にだって、自尊心はあります…これが遊びなら…」

横でてきぱきと団服を着用する上司になまえは意を決して口を開いた。

朝日を浴びる淡いブルーに昨夜の面影は欠片もない。

エルヴィンは暫し思案の後、ループタイを着用すると、片膝をベッドの淵に掛けた。

面白いほどびくつく部下に内心笑いながら、子を嗜める口調で囁いた。

彼が眠る間際貸したシャツは彼女には大き過ぎ、胸元には紅い花弁が散らばっている。

「私だって暇じゃないんだよ。それに金や地位の見返りもないのに嫌いな女に手を出すほど青くもない」

それは心からの真実だ。
化粧くさい令嬢や、支援者に無理矢理あてがわれた女を望んで抱こうとは思わない。

そっと強張る頬をなぞり、一つの提案をする。

「君が私だけに抱かれるというなら私も君しか抱かないと約束してもいい。勿論これは命令じゃない。君次第だよなまえ」

彼女と肌を重ねると、眠る激情が顔を出し、人間として裸にされる。
一人の男になり下がり女を抱くのは何年振りか。
名の付けられない関係を育ててみたくなった。

「私は…」

エルヴィンは戸惑う彼女に追い打ちを掛ける。

「わからないは無しだ」

なまえはからかうように唇の隙間に差し込まれた舌先に思い切って吸い付く。

「わ、私は…団長を…誰にも渡したくない。」

「…決まりだな」

どこまで俺を焚き付ければ気が済むのかと心中で愉悦し、喉を鳴らしたエルヴィンは胸ポケットから金属片を取り出した。

金色に輝くそれを彼女の手に握らせる。

「この部屋の合鍵だ。いつでもおいで、なまえ」

上司は紳士的に柔らかく微笑むと戸締りを宜しくとあっさりと部屋を後にした。
なまえはぼんやりと手の中の物を見つめていたが、始業三十分前の鐘に我に返り、準備をする為慌てて立ち上がった。











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