地獄で会いましょう
※63話ネタバレ
「ガハハハハ!見てみろなまえ!お前もやるか?」
地下牢の隅に控えペンを走らせながら、嬉々として拷問に勤しむ上司にうんざりとした視線を向けた。
「遠慮しておきます」
つい今しがたまで栄光を誇っていた小太りの男は屈辱的な体勢で呻きと罵倒を繰り返す。
これではどちらが悪役か分からない。
いや、最早悪も正義もないのだろう。
予想に反し貴族たちはべらべらと吐き、内容を記録している紙はあっという間に埋まった。
先程からもう三人目の尋問だが、こちらはいい加減手も疲れてきたというのに上司は寧ろどんどん生気を取り戻しているようにさえ見える。
何か大きな物を腹で飼っている男だとは思っていた。
眼鏡の奥で爛々と輝く瞳。
こんな楽しそうな彼を見るのは初めてだ。
いつも何処か斜に構え、退屈そうに書類を眺める上司だったが、本来の野性をここに来てようやく剥き出したらしい。
「なまえ、絶望したかね?」
ふいに名を呼ばれ、顔を上げれば獣色に濡れた眼光が射抜く。
「はい?」
「君が仕えていた、従っていた世界にだよ」
据えた空間に翻る靴音が響く。
興味の対象は束の間私に移ったようだ。
「…お気になさらず。元々兵団にも王制にも忠誠心はありませんので」
「ははは!そうだろうな!君はいつもつまらなそうな顔をしていた」
豪快な笑い声が埃臭い空気を吹き飛ばす。
「!…そう見えましたか」
さらりと見透かす発言に少なからず驚いた。
「だからお前を側近にした。見たまえこの豚を!実に爽快だろう?」
目の前に突き付けられる醜い光景は、まともな人間なら目を背けたくなる光景の筈だ。
なら何故、こんなに胸が高鳴っている。
そうだ、私はただ知りたかったのだ。
王族の真実や壁の歴史ではない。
惰性で続く劇の展開が覆るところを。
脚本を真っ黒なインクで塗り潰し、書きかえてゆく者たちを。
結局は似た者同士ということか。私がこの男を観察していたように、男もまたとっくの昔から私の腹を見抜いていたのだろう。
「着いてくるか?行き先は地獄だぞ」
「望むところです」
返答に満足したのか上司はぎらつく目を細め、拷問器具を机に投げ出した。
甲高い金属音は新たな群像劇の幕開けを告げていた。
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