順番
※57話ネタバレ
エルヴィン・スミス。
調査兵団第13代団長にして、歴代団長の中でも突出した指揮力を持ち、その目的の為なら非情な決断も躊躇無く下す事が出来る男。
彼の部下なら皆知っている。
団長が切り捨てるものの先頭に、彼自身がいることを。
その日、トロスト区支部の団長の私室に、朝食のパンと水を運んだ後、入れ違いにハンジ分隊長が血相を変えて駆け込んできた。
閉め出された扉の奥で話されていることは想像に難くない。
順番が来たのだ。
扉の前で立ち尽くしていると、同僚の兵士が慌てて駆けてくる。
「エルヴィン団長!中央第一憲兵が団長に出頭を命じてます」
室内で分隊長と二三言葉を交わした団長は、ジャケットを掴んで密談していた部屋から出てきた。
見上げた横顔は、怖い程いつもと変わらない。
彼が己を死ぬべきと判断したなら、きっと処刑など喜んで受ける。
もし、この世界から彼が消えたら。
それでもやっぱり、世界は続いていくだろう。
掛け替えの無いという言葉があるが、それは嘘だ。
自分にしか出来ない役割を持ち生まれる人間は限られている。
「エルヴィン団長!」
私の前を通り過ぎる左手を咄嗟に掴んだ。
代わりのいる存在が消えるだけだとしても、せめて願いがある。
「死ぬなとは言いません。ただ…」
節くれだった指を握る手に力が入る。
「つまらない人間に殺されないで…!」
この高潔な男の命を、タダでくれてやるものか。
「ああ…行ってくる」
やけに熱い手が、一度強く私の手を握り返し、直ぐに離れた。
去ってゆく背中に一切の揺るぎはない。
まだ体温の残る掌を確かめるために心臓に当てた。
覚悟を渡された気がした。
生き抜けと、諦めるなと。
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