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 ドントタッチミー

何度着ても絹の肌触りはそわそわする。

他の兵士になるべく見つからないようそそくさと団長室に滑り込む。

部屋の主はこちらを背に、立ったまま机と向かいあっていた。
糊のきいたシャツと上質な黒のズボンは着用しているものの、カマーバンドと上着はソファの背もたれに放置されている。

「団長、そろそろお時間です」

「ん、ああ」

彼は足音や気配で誰が来たか分かるが念の為声をかければ返ってくる生返事。

右手は忙しなく紙上を走る。
夜会で帰りが遅くなる前に少しでも仕事を減らそうとしているのだろう。
だがもう馬車は門前で待たせてある。

カマーバンドを片手に上司に近づくと後ろからがっしりした腰に腕を回す。
一瞬サインの手が止まったが、直ぐに再開された。

「すまないね」

ホックを止め一歩下がると上司は二、三枚の書類を素早く仕上げて机を離れた。

ようやく青い瞳と目が合う。

「おや、綺麗だよ」

「お上手ですね」

この人はこういうことを何の曇りも邪心もなく言うからたまにどきりとする。
私のかわし方も随分上手くなってしまった。
だからドレスは苦手だ。

「心外だな。夜会も始まって無いのにわざわざ世辞なんか言うわけないだろう?」

腰を抱き寄せようとする腕をやんわり押し返す。
全くこの人はさっきまで真面目に仕事していたかと思えば何を考えているのか。
甘い言葉をさらりと吐ける気障っぷりは是非夜会で発揮して欲しい。

「団長、遅れますよ」

爪先をヒールで踏みつける代わりに言えばあからさまに嫌そうな表情。

「チッ、目の前の御馳走を差し置いて貴族のご機嫌取りとは…骨が折れるな」

彼が紳士だの結婚したいだの騒いでいる令嬢達に聞かせてやりたいと心の底から思う。
大きな子どもじゃあるまいし、ため息しか出ない。

「…うまくいけば大口の支援者が出来ます。我慢してください」

親のような口調で窘めジャケットを渡せばすっかり団長の顔だ。

普段の兵服も勿論馴染んでいるが、かちりとしたタキシードは彼の体躯と容貌を一層引き立てている。
外見だけなら娘たちがはしゃぐのも頷ける。

「わかってるよ。せいぜい頑張った報酬を期待しよう」

半ば投げやりに言って礼装の襟を正す横顔の美しさに、心臓がざわつく。
こういう会話は居心地が悪くつい癖でとぼけてしまう。

「何の事だか」

言ってから失言だったと思ったが時既に遅し。
調子に乗り過ぎて墓穴を掘るのが私の悪い癖だ。
爽やかな青色が一瞬劣情に霞む。
本能的に逃げ腰になるのを、逞しい腕が許してくれない。
軽くもがけば一層腰を包囲する力が強まる。

「…夜会が終わったら覚悟しておけ、とでも言おうか?」

一オクターブ下げた音が鼓膜を震わせ、耳朶に触れる唇の生々しさに体温が一気に上がった。

「な…!!」

貴方って人は、と辛うじて責めてみるがきっと無駄足だろう。
離れ際にリップ音が追い打ちをかける。

団長は私が耳まで赤いのを見て満足したようだ。
私を覗き込む顔は心なしかすっきりしている。

「さて、そろそろ行こう」

颯爽と歩き出す背中にまさかその為に仕事を片付けたんじゃないですよね、とは言えず、慣れない靴で必死に追いかけた。








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