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 その瞳にはひかり*

ある者は翼は軽いほど高く飛べるという。
ある者は翼は屈強なほど遠くへ行けるという。

恐らくどちらも正しいのだろう。
だがそんなことは私にはどうだっていい。

私が知りたいのは、あの男の純度の高い鋼鉄で出来た翼は何処まで羽ばたくつもりなのかということだ。

「エルヴィン分隊長?」

空っぽの部屋に声を掛けるも返事は無い。

昔は人目を忍んでの逢瀬だったが、エルヴィンが分隊長になり個室を持ってからは、彼の私室で会うことが多くなった。

書類を取りに来てくれと呼び出したくせに、本人は居ない。
まだ執務室だろうか。
仕方なく引き返そうとした瞬間、扉の閉まる音が聞こえ背後から腕に拘束される。

「すまない、待たせた」

耳元で響く声にすぐ彼であることは分かった。
無骨な手は早速ジャケットの下に滑り込んでいる。

「汗、かいてるから…」

先程まで訓練に参加したせいで体が埃っぽい。
いくら慣れ親しんだ相手と言えど、シャワーくらい浴びたい。
しかし身じろぐ程にきつく彼に密着する。

「やったら同じだろう」

彼の美丈夫然とした容姿を噂している女性兵士が、実はこんなあけすけに物を言う男だと知ったらどんな顔をすることか。
それでも馴染んだ体は鼓膜を震わせる低音に力を抜いてしまうのだった。

「………」

せめて最後の抵抗と睨むが、青い瞳は揺らめきもしない。
それどころかいつの間にかシャツの下に侵入した腕は汗ばんだ肌を撫で回す。

「ッ、渡す書類があるんじゃなかった、の」

「今更だな。そんなものはないことを知ってて君も来たんだろう」

そう言われればまさにその通りで、かさついた指に胸の飾りを引っ掻かれると体は男を待ちわびていたかのように甘え出す。

「っ、うぁ…!」

抱きすくめられた体勢では彼の顔は見えないが、さぞかし満足気に笑っているに違いない。

慣れた手つきで太腿をなぞる太い指が中心に伸ばされ、秘所はそれをすんなりと飲み込んでしまう。

内壁を隅々まで蹂躙してくる官能に最早立っていられなくなり執務机に手をついた。

机上には予算申請書や作戦立案のメモなど色気のない紙束が散らばっている。
それらに紛れて重要の判が押されたいくつかの封書がちらついて、私の憶測が確信に変わった。

「っ、あ…エルヴィン、私に隠してること、あるでしょ」

「何だったかな…?」

花芯を捏ねくり回しながらとぼける男に、ただ喘ぐしか脳の無い私はなんと愚かな生物だろう。

堪らず机にうつ伏せると自然に腰を突き出す形になり、私の事などお構いなしの脈打つ熱情がふやけきった隙間を塞ぐ。

「ひぅ…!団長の内示、んっ、あったんじゃないの、ッ、」

最早足元に落ちているジャケットがどちらの物かも分からない。

「ああ、そのことか…それなら近いうち君に言うつもりだった。流石だな」

ずるずると襞を嬲りながら、恐ろしく穏やかな声が出せる男はきっと上に立つ者に相応しい。

キース団長が辞任するのではという噂は、少し前から幹部達の間で密かに囁かれていた。

そうなる運命だったのかと思う程、エメラルドのループタイが揺れる彼を想像できる。

では、更に先は、と思う。
多くを捨て、小さな獲得を積み上げ、不安定な階段を登りきった後、彼はどうなるのだろう。

ねえエルヴィン、貴方が高みに立った時その側に私は居るの?

そう心の中で問うたび、今胎内を掻き乱す欲情がとてつもなく貴重な物に思えてくる。

もう体も心も、彼なしでは息ができないくらいに溺れている。
私がこんなにも弱いとは知らなかった。

昔はもっと人間だった気がするが、いつしか二人とも狭い壁の中で、役割という名の道具に成り下がった。

その事実をこの人は退化とするか、或いは幸せとするのだろうか。

私は、どんな結末でもいい。
ただ願いはずっと一つだけ。

「エルヴィンお願い…貴方が行く所に私も連れて行って」

打ち込まれていた律動が止まる。

「俺の行く所…?君は何処だと思っているんだね、言ってみたまえ」

部下に対する口調でおどけてみせる青い目はこんな状況にあっても清く若々しい。
顎を掴まれ湿った唇が重なる。
口付けの合間に呟いた。

「…何処へでも」

比翼が居るならこの世界の涯てまで。








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