わたしは幸福です*
ただ生き延びているというだけで団長補佐の地位にあり、取り立てて何も秀でないなまえにも、一つだけ特技があった。
それは上司であるエルヴィンの不機嫌が分かるということだ。
エルヴィン・スミスは部下から基本的には温厚な人物だと思われている。
その判断は非情と言われることはあっても、彼自身の人物像に関しては、公正で真摯だと評価される筈だ。事実そういう面を彼は持ち合わせていた。
しかし支援者との会談が消化不良に終わった日、壁外調査後の夜、何十枚目を通しても済まない書類にサインする最中、ごく稀に纏う空気に棘が立つ。
勿論上司も人間なのだから、苛立つこともあるだろう。
有能過ぎる故、信頼を超え信奉される彼にとって隙を見せないことも仕事の一貫だとしたら少し気の毒だとなまえは思っていた。
それが自分だけの能力だと知ったのは、エルヴィンの機嫌が悪い時、それとなく同僚に伝えても首を傾げられることが多々あったからだ。
なまえはてっきり誰もが分かっていると決めつけていたからハンジやミケですら気付かない時は流石に驚いた。
前だけを見る瞳の奥が神経のささくれに曇る時、彼女の中では不安と小さな優越感が共存する。
後者の感情が何故なのかは自身にも測りかねていた。
「なまえ、私の部屋から運びたい資料があるんだ。手伝ってもらえるかな」
まただ。
なまえは直感した。
普段通りの語調は彼女にしか悟れない不機嫌を纏う。
憲兵団への報告会から帰って来てからずっとこれだ。
身体が逃げろと警告しているのは動物の生存本能か。
「差し支えなければ、鍵をお借りして私がお持ちしますが」
そう言うのが精一杯の抵抗だ。
「有難いが量が多くてね、一緒に来てくれ」
断言に彼女は最早言い訳の術を持たない。
無言を肯定と取ったエルヴィンは椅子を引き立ち上がった。
上司の私室に続く廊下は処刑台にも思えた。
先導する靴音は刺すように冷たい。
彼女にしか理解出来ない空気であるから、すれ違う兵士は団長と副官に何の疑いの目を向けることも無かった。
危機に震えるのは羊一匹だけなのだ。
なまえは絶望的な気持ちで機械的に脚を運んだ。
やがて無情にも見慣れた扉が現れる。
エルヴィンは躊躇せず解錠しノブを捻った。
「どうした?入りなさい」
開かれた扉の向こうには、古い書物で溢れた本棚、簡素だが使い込まれた机、ベッド。
幾度と訪れた部屋を前に冷や汗が伝う。
何よりあくまで穏やかな口調はなまえの恐怖心を余計増大させた。
「い、いや、です…」
たった一言の拒絶も彼女の持てる勇気の精一杯だ。
一歩下がってそれ以上は前にも後にも進めない。
どうせ逃げられないのに。
それは諦めではなく確信だ。
「入れ」
一気に声の調子が下がる。
男が牙を隠すのをやめたのだ。
そして最早その牙はなまえの喉元に掛かっていた。
エルヴィンは強引に部下の腕を引き寄せ扉を閉める。
施錠の音は足掻くだけ無駄だという最後通告だ。
つい先ほどまでペンを走らせた指はぎりぎりと二の腕を締め付ける。
痛みに声も上げられないなまえを強引に歩かせベッド前に連行した。
彼女は食いしばる歯の隙間からやっとの思いで訴える。
「や…!い、たい、です…」
「それがどうした」
冷徹にいなしながらも部下の懇願を受け入れ拘束する力を緩めた瞬時、片頬を手加減なく平手打つ。
衝撃でよろめくなまえの前髪を掴み、倒れるのを許さない。
無理矢理上を向かせると、無骨な指で恐怖に震える唇をなぞる。
そして硬く閉ざした口唇を二本の指でこじ開けた。
口内で蠢く異物をなまえは反射的に噛んでしまう。
しまったと舌を引っ込めても後の祭りだ。
エルヴィンは唾液にまみれた指の僅かな傷口を無表情で眺める。
やがて叱責の瞳が顔面蒼白の彼女をねめつけた。
「口に挿れられたものは歯を立てずに舐めろと教えただろう。…仕置きだ」
前髪を掴む手に力を込め片手を襟元に掛ける。
ボタンの千切れる嫌な音がして、男は露出した首の付け根に思い切り噛み付いた。
「ッ、うぅ!!」
なまえは喉を引きつらせ鈍い悲鳴を上げる。
あまりの痛みに目尻から涙が零れた。
柔らかな肌に歯列を埋め、唇を離すとくっきりとついた歯型に薄っすら血が滲む。
暫く残るであろう痕に満足し、エルヴィンは彼女の頭を押さえつけ跪かせた。
膝立ちのなまえの前には上司の股間がある。
彼の言わんとすることを察し、冷や汗が吹き出る。
「何をすればいいか分かるな?」
自分を見下ろす底冷えした双眼に弱々しく首を振った。許してくださいと切望する瞳も、箍の外れた彼には届かない。
「君は主人の言葉も理解出来ない駄犬だったのか?」
追い打ちを掛ける言葉は、従わなければもっと酷い目に遭うことを暗に仄めかす。
ベルトを解かれ、既に勃起したそれがあらわになると、なまえは恐る恐る唇を開いた。
すかさずその僅かな隙間に性器が捻じ込まれる。
上司は眉を顰める部下に構わず、生温い口内を陵辱した。
唾液と先走りに濡れた唇が紅く光り、男の支配欲が湧き立つ。
「なまえ…苦しいか」
彼女は怒張を咥えたまま微かに頷く。涙の膜が張った瞳が見据えた。
「そうか」
「んぐッ!?」
逃げようとする両手は太腿に縫い付け、抽挿を早める。
エルヴィンは喉奥に先端を擦り付け予告無く吐精した。
塊を引き抜く代わりに口を塞ぎ宣告する。
「飲め」
なまえは一度びくりと肩を強張らせ、舌に吐き出されたぬるい液体にむせ返りそうになりながらも飲み込んだ。
喉仏が上下したのを見計らい解放すれば飲み下しきれなかった白濁が口端を伝う。
「いい子だ、立て」
男は咳き込みながらよろよろ立ち上がったなまえを背後のベッドに突き飛ばし、体勢を整えさせる間もなく組み敷いた。
逃げ腰で身を捩る彼女の首に両腕を伸ばす。
「が…ッ!」
じわじわと圧をかければ、細い喉が呼吸困難に呻く。
なまえは無意識に己の首を締め上げる手に爪を立てた。
殺人紛いの事をしながら見下ろしてくる碧眼はエルヴィン団長のものでも、エルヴィン・スミスのものでもなく、淡々と嗜虐を繰り返す別の生き物のようだった。
徐に束縛を解かれると一気に酸素を吸い込んだ気管がひゅうひゅうと鳴く。
ぐったりした彼女の肢体に最早抵抗の気力はない。
エルヴィンは中途半端にはだけていたシャツを剥ぐと、双丘の頂を唇で挟んだ。
円を舌先でなぞり、固くなった部分に吸い付く。
痛みしかない暴力と打って変わって甘い刺激になまえの体は素直に喜んだ。
血の気の引いていた頬が徐々に色づいていく。
自尊心の欠片だけが歯を食いしばらせ、喘ぎを抑えていた。
「っきゃぅ!」
突然の甘噛みに堪えきれない嬌声が零れる。
「は、何だその声は。犯されて媚びるなよ」
エルヴィンは鼻で一笑し、彼女のズボンを強引に脱がせ両膝を開いた。
ささやかな胸への愛撫だけでは濡れていないその中心へ硬さを取り戻した性器を突き立てる。
「……!!!」
なまえは胎内を埋め尽くす質量に金魚の如く口をぱくぱくさせ、見開いた目からは大粒の雫が零れた。
疼痛を堪える彼女に容赦無く腰を打ち付ける。
暫く無理に揺さぶっていると初めは押し返さんばかりだった膣が次第に解れていく。
「は、ぁ、あん、っうぅ…」
奥へ打ち込めば根元から扱き、引き抜けばいかないでというように吸い付いてくる。
女の甘えた声と共に変化する場所に男は喉を鳴らした。
彼女の体のことは知り尽くしていた。
どれだけの衝撃に耐えられるか、どれくらい力を込めても気絶しないか、どこを責めれば啼くのか。
ある一点を執拗に甚振れば、なまえは途端に慌てだす。
逃げないように腰を押さえつけ、更に穿つと喘ぎ声が一際高くなった。
「や、団長、やめ!おねが、っあー!!」
びくびくと痙攣する壁が、男性器を絞る。
きつい膣を強引に押し開き抽挿を繰り返した。
とっくに限界を迎えたなまえは、許容量を超えて流し込まれる快楽に泣くしかない。
涙声が男の加虐心に火を付けるとも知らず、厚い胸板を退けようと腕を突っ張る。
「ひ!?やあ!も、イったからぁ、抜い、てっ」
「君が達したかどうかは俺には関係ないな」
無情に吐き捨て、結合部へ手を添える。
紅く熟れた陰核を親指で押し潰すと声の無い嬌声が上がり、ぎゅうぎゅうと膣内が狭まる。
「っひン、あぅ、はッ、ッあー!!」
エルヴィンは上半身を倒し抵抗の腕を抑え込むと、最奥に精を放った。
脱力し、身体を清めることも服を着ることもなく布団に潜るなまえの横で、上司は着々と乱れた衣服を整えていた。
横たわる部下に暫く休んでいろと短く声を掛け、ループタイを締める。
放心の中、なまえは身支度をする横顔をぼんやり眺めた。
青い双眼には凪が戻っている。
「だんちょう…」
ぽつりと名を呼べは、目だけが此方を向く。
「すき…」
直前まであんなに攻撃的な仕打ちを受けていたというのに、何故今この言葉が出てくるのか自身にもわからなかった。
上司の丸い瞳がさらに大きくなる。
驚いているらしい。
「すき、です」
自分の声は不思議と違和感なく体に染み込む。
疲弊で頭がおかしくなったのだろうか。
「…ああ」
エルヴィンは静かに言い残すと、ジャケットを羽織り部屋を出る。
扉の奥に響く規則的な靴音を聞きながら、なまえは考えていた。
優越感の正体は、上司の弱みを握っている事でも、自意識過剰でもなく、潜めた刃を自分だけに向けられる幸福だったのではないかと。
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