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 結論は明日にもちこします

10月14日。

他の人には取り立てて特別な日ではなくても、調査兵団の兵士にとってはちょっとしたイベントだ。

我らが団長の誕生日、常に命の危険に晒されている自分たちには、生きているというだけで千金にも値する価値を持つ。

盛大にお祝いをしたいところだが、常に任務に忙殺されている彼を拘束しようとは誰も考えていない。

代わりにみんな、団長が執務室にいない時を見計らって、各々が考えた贈り物をこっそり置いていく。

彼の手を煩わせたくないという気遣いは伝統のように受け継がれ、毎年この日は本人の知らぬ間に団長室の机がプレゼントで溢れかえる。

団長が好きな銘柄のブランデーや推理小説、万年筆、貴重な砂糖で作ったお菓子。

普段堅苦しい部屋に色とりどりの包み紙が並ぶ様は何度見ても新鮮だ。

個人名であったり、班の連名であったり贈り主は様々だが、上司を慕う気持ちは皆同じだ。

なまえが一時間程部屋を開けて団長室に戻ると、やはり箱が幾つも増えていた。

執務の妨げにならないよう、プレゼントを集めて応接用ソファの間のテーブルにまとめる。執務机では載せきれないからだ。

シンプルな作りのテーブルは贈り物の山で賑やかで、それを眺めていると自分のことのように嬉しい。

満足感に浸っていると、ガチャリとノブが押され、部屋の主が帰ってきた。

「団長、見てくださいこれ!」

自信満々にソファを指差す。
会議で副官以上に部屋を空けていたエルヴィンはしげしげと贈り物を見据えた。

「ああ、また増えている気がするな。有難いことだ。しかし…」

顎に手を当て暫し思案し、苦笑で部下に向き直った。

「流石にこの量は一人で消費しきれそうにない。なまえ、好きなものを持って行っていいぞ」

「駄目ですよ。みんな団長に貰って欲しくて贈ったんですから責任持って受け取ってください」

きっぱり言い切る部下に面喰らったように青い瞳を瞬く。

「…そうだな、ゆっくり楽しませてもらうよ」

なまえはその厳しくも慈愛に満ちた横顔を目にする度、彼の部下で良かったとしみじみ思う。

「この沢山の贈り物の中から、私のものを見つけられますか」

ふと尋ねてみる。

「もちろん、と言いたい所だが生憎分かりそうも無い。すまないね」

ざっと包装紙に付いたメッセージカードを眺めた後の答えに彼女はにこりと微笑んだ。
この人のこういう誠実さも尊敬していた。

「いえ、構いませんよ。それにもとからそこには私のプレゼントは入っていませんし」

仮に本当にあったとしても、この箱の山からひとつを探すのは至難の技だろう。

「おや、謀るとは君らしくもない」

青い瞳は珍しいものを見たように見開く。

「すみません、そんなつもりは」

一応謝ってみるが上司は特に気にしていないようだ。

「君からは何もないのか?」

毎年なまえはクッキーや紅茶など無難な贈り物にしていた。その方が気楽に受け取れるし、余っても客用にしたり皆で分け合える。
それに彼は何であろうと気持ち良く貰ってくれる事は十分知っていた。

「何が欲しいですか?」

一応いつもの菓子や茶葉は用意しているが、今年は趣向を変えて逆に聞いてみる。

「では今晩君を」

間髪入れない答えに辛うじて言い返す。

「………言うと思いました。つまらない冗談はやめて下さい」

堅物に見えて実は軽口を叩く趣味がある上司には特別変わった発言ではないのだが、端正な顔つきの偉丈夫に言われればからかいだと分かっていても現金な胸はざわつく。

「つまらない、か。それはそうだろう、冗談ではないのだから」

「は、い?」

エルヴィンが一歩近づくと、部屋の空気が濃密になる。
なまえは金縛りのように動けないでいた。
その骨張った手が兵士にしては白い頬に触れる寸前、彼女は小脇に挟んでいた数枚の紙を彼の胸元に勢い良く押し付けた。

「これ、プレゼントですっ!」

渋々受け取った紙束には箇条書きに文字がびっしり並んでいる。
目だけで何だと問う。

「団長に贈り物をした兵士の名前と分かる範囲での中身のリストです!後でお礼を言う時に必要でしょうから!!」

彼は苦々しい顔でリストを眺めた。

「………優秀な部下を持てて私は幸せ者だな」

言葉と裏腹に口調は投げやりだ。

「光栄です!」

なまえもやけくそに声を荒げた。
執務室の椅子を引き、さっさと仕事に戻ってくださいと無言で促す。
その必死さが可笑しく、エルヴィンは彼女に悟られないよう含み笑った。

「ああ、そういえば君の誕生日は確か来月だったか」

席に座し、ペンを手にした時ふと思い出す。

「よくご存知で」

大きな瞳が昆虫を見つけた子どもよろしく光った。

「なら、君の誕生日に私をあげよう。異論は却下だ」

「なっ…!!」

良いことを思い付いたと言わんばかりの表情に、なまえは呆れて反論すらままならない。

自虐的な癖に有無を言わせぬ言葉が追いうちをかける。

「いつまでもお預けをくらって待てが出来るほど利口な犬じゃないものでね」









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