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 欲情からはじまりますか

彼は誘うのが少し下手だ。

「なまえ、今晩空いてるかな」

廊下で声を掛けられて振り向けば同期のモブリット。

「うん。どうかした?」

「貰い物のワインがあってさ、良かったら一緒にどうかと思って」

絵に描いたようなお誘いの常套句だが、無論断る理由は無い。

「ほんと?行く行く」

ほっとした表情にこちらも顔が綻んだ。

「じゃあまた後で」






モブリットは実は下戸に見えて酒飲みである。
エルヴィン団長やリヴァイ兵長達の中でも一番量を呑むのは彼だ。
酒好きと言うよりは仕事上の心労、もとい上司からのストレスによるものだろうが、ともかく私よりよっぽど呑む。

それは前から知っていた。
知っていたが、何故こうなる。

目の座った同僚は私の太腿に跨り動く気配は無い。
ライトブラウンの瞳から普段の真面目さは消え、奥底に熱が揺らいでいた。

あれからモブリットの部屋でチェスをしながらぐだぐだワインを飲んで、ハンジさんの愚痴を聞きながら足りなくなった酒を追加して、いつの間にか椅子にもたれていたのがベッドになって。

私も相当酒が回り迂闊だった自覚はあるが、流石に彼がここまで酔うとは予想外だ。

両手首をシーツに縫い付ける力が酒も手伝い恐ろしく強く、急に男を見せつけられたようで息が詰まる。

要するにモブリットとは長いこと良き友人をやり過ぎたのだ。
彼が私を組み敷くとか、男の目で見つめてくるとか、淡く期待していたことをいざ目の当たりにして戸惑ってしまう。

「なまえ…俺は…」

苦しそうに吐き出す言葉の続きだって気付いてない訳じゃない。

「モブリット、」

名前を呼べば手首の拘束が緩む。
顰めた眉間にそっと触れた。

私の手を取る掌は大きく、顔が近付いた時に浮き出た喉仏が脳裏に焼き付く。

こんな投げやりなきっかけでも落ち着いていられるのはきっとモブリットだからだ。

兵士特有の筋肉質な背中を抱いて、ゆっくり瞼を閉じた。






「ごめん…本当にごめん!!」

朝を知らせる心地良い鳥の鳴き声は、謝罪によって掻き消えた。
隣のモブリットは面白い程顔面蒼白だ。

とりあえず昨日の記憶はあるらしい。
まあ無かったとしても意外に独占欲を剥き出した抱き方をする彼がつけた幾つもの鬱血痕で明白なのだが。

「何に対して?お酒の勢いだったこと?それとも、私の事別に好きでも無いのに抱いちゃったとか」

少し意地悪な聞き方に同僚の表情は一層悲壮になったが、やがて覚悟しかたのように私を射抜いた目は昨晩の情熱を孕んでいた。

真っ直ぐな視線に思わず肩が強張る。

「好きなんだ、なまえ。でも酒の勢いなんて言い訳出来ないよな…」

台詞の後半は自己嫌悪で消えかけ、赤くなったり項垂れたり、全く忙しい人だ。

ベッドに腰掛けるモブリットに並んで座る。

「…別にいいよ。私的には順番が違っただけだし?」

「それ、どういう…」

肩に手を添え情けない形に下がった唇に口付けた。

「今度はお酒が入ってない時に部屋に誘ってって意味」

見開かれた瞳は朝日を受けて清々しい色に光っている。

「……喜んで」

そう呟いたきり顔を覆って黙り込んでしまった彼に満足して腰を上げる。

また近いうちに訪れるであろう部屋を弾む足で後にした。









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