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 紙片の価値

うっかり落とした手帳を拾ったのは上司だった。

拾い上げた冊子を受け取ろうとして、その隙間から紙切れが何枚か滑り落ちる。

「これは?」

慌てて取り返そうと手を伸ばすが、団長に没収されてしまった。
長身の彼に腕を掲げられると到底届かない。

”午後3時に会議室
資料の準備を頼む”

”一時間程留守にする
来月の商会への報告の件
分隊長達の予定を確認しておいてくれ”

”この書類を四班へ”

団長はたまに机に事務連絡のメモを残していく。
走り書きにしては綺麗な私宛ての紙片を捨てることが出来ずに手帳に挟んでいるのだ。

「これは…大分前に書いたものじゃないか。何でこんなもの持ってるんだ?」

メモを眺めた上司の目に浮かぶ疑問の色に他意はない。
その事が余計気まずい。

「あの、す、すみません…団長の文字が好きで、つい…」

この人に誤魔化しは無駄だと思い正直に告白した。
こそこそ上司の書き置きを集めてるなんて変態だと言われても仕方が無い。

「なんだ、そんなことか。別に文字くらい幾らでも書いてやるのに」

しかし団長は拍子抜けしたように目を瞬いてペンを手にした。
何がいい?
そう問われ答えは決まっていた。

「私の名前、書いてください」

私への言付けと明白なメモに個人名が書かれたことはなく、一度団長の字で私の名前を見たいと思っていたのだ。

さらさらと紙の上を滑るインク。
万年筆を持つ仕草すら様になっている。こんなに胸を高鳴らせて何かを待ったのはいつ振りだろう。
あっという間に書き上がった紙に踊る言葉は、

”いつもありがとうなまえ”

男らしく、それでいて丁寧な文字達。
手渡されたメモからは団長の誠実な人柄が滲んでいた。

「…大切にします」

「大袈裟だな、ただの紙だぞ」

インクが擦れないようそっとメモを二つ折りにする私を眺める碧眼は心底不思議そうだ。

「私にとっては、大事なものです」

ありがとう、そう感謝したいのは私の方なのに。

彼を孤高で非情だと敬遠する人もいる。
けれどたかが紙一枚、数文字の中に真摯が窺える人が冷徹だろうか。

「…そうか」

呟く横顔が嬉しそうに見えたのは、きっと錯覚じゃない筈だ。














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