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 手

※隻腕ネタ







孤高と呼ばれる為には、どれだけの能力が必要で、或いはどれだけの物を捨てて其れに費やせば成し遂げられるのか。
この人の部下になってからそんな事ばかり考えている。

「何してるんですか」

「見ての通りだが。思ったより治りが遅くてな。出血してしまった」

勤務中に私室に戻ったのを不審に思って様子を見に行けばこの様だ。

上司にばれないように溜息をついて歩み寄る。

「そうじゃなくて…手伝います」

「いや、いい。一人で出来る」

あっさり断られ、伸ばした手の行き場を失う。

血の滲んだ包帯は既に解かれ、新しいものを巻こうとしていた。

左手だけを使い、器用に包帯を巻いていく上司を見て、自分という存在があることが無性に虚しくなった。

「一声かけてくださればいいのに」

独り言のような呟きを、団長は目ざとく拾う。

「いつまでも人に頼る訳にはいかないからね。自分の事は自分でするから気にしないでいい」

団長は嘘つきだ。
貴方が、人を、私を頼った事なんてないくせに。

部下として駒として利用する人間ではなく。
夜眠れない時の話し相手とか、明日の天気や今日の晩御飯がどうだとか、そういうことを語り合える相手が欲しいと思いませんか。

そう尋ねたらこの人は迷わずNOと答えるだろう。

それでも、私は。

「こら、」

団長の左手を避けて、代わりに包帯を手に取る。

「なまえ、」

諭すように呼ぶ声を、今ばかりは無視をする。

痛々しい傷口をなるべく見ないように目を逸らす私はきっと弱いのだろう。

本人はこんなにも現実に向かい合っているというのに。

「ご自分の事はご自分でしてくださって結構です。私も誰もいつ死ぬかわかりませんから…でも」

私は、ただの人間だ。
何も捨てられない、差し出せる物もない。

「誰かが側にいる時くらい、頼ってくださってもいいじゃないですか」

ほんの少し考える沈黙を置いて、頭上から声が降る。

「そうだな…では今日だけお願いしよう」

「はい」

本当は、普段から、そうやって生きて欲しい。

形を確かめるように包帯を巻く。
団長一人でやるよりかえって時間が掛かってしまっている。

それでも何も言わず待ってくれているせいで、部屋には沈黙が満ち、衣擦れのほんの僅かな音だけが場を支配していた。

結び目を作って、ゆっくり息を吐く。

「出来ました」

「有難う」

団長は中途半端にはだけていたシャツを正し、また手早くボタンを留めていく。

慌ててその手を奪った。

「今日は私に任せてくださる約束です」

喉の奥で小さく笑った声がした。
子どもだと思われたかもしれない。

「助かったよ」

団長はボタンを留め終わったのを見計らって、心にも無いことを言うと、私の頭を一撫でした。

ジャケットを片手に去って行く背中に何も言えず立ち尽くす。

前までは私の頭を撫でる時は右手だったと思った。

失ったものを目の当たりにして、初めてそれを意識した。

あの手はもう無いのか。

机に腕を乗せる時、よく手を組んでいた。

書類作成に行き詰まった時、紙の上でペンを迷わせていた手も。

爪は綺麗に切り揃えられていた。

立体機動のトリガーを引く指が特に節くれだっていて。

思い出したくない。
あの人みたいに振り向かず生きていけない。

主を失くした部屋で少しだけ泣いた。










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