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 おとな

「なまえ、飲み過ぎだ」

業務終了後、たまに知己たちと集まって酒盛りをするのは、過酷な兵士生活の中でのささやかな楽しみだ。

ハンジやリヴァイ、ミケも各々好きなように語らい、ゆったりとした時間が流れている。

それを眺めて小さな至福に浸っていると、隣から嗜める声が飛んだ。

ひょいと手元のグラスが取り上げられ、中の琥珀色の液体は男の口に流れ込む。

飲み干す時に微かに上下した喉仏が艶っぽく、それは私のお酒だと言うのが一瞬遅れてしまった。

諦め悪く空になったグラスに手を伸ばしてみるも、やんちゃな子どもから大事な物を庇う大人のように高く掲げられ、それも敵わない。

私の責める視線に気付いたのか、エルヴィンはぼそりと、

「お前は絡み酒だからな」

そう呟いて、グラスを私の反対側のテーブルの端に置いてしまった。

頭がほやほやして、心地いい。
今日の私はこんなことぐらいでむくれたりしないわよ。
グラスを取り返すためソファに片膝をついてエルヴィンの両膝に上半身を乗り出す。

「わかった、わかった。あと少しだけだぞ」

乗り越えようとしたのに、前に伸びてきた腕が阻止し、定位置に戻された。

代わりにさっきの半分ほどお酒の注がれたグラスを渡される。
もっと飲めるのにと思ったが、しぶしぶ少ない酒に口をつけた。

「ずるいわよ、エルヴィンはいっぱい飲んでるのに」

エルヴィンの前に置かれたウイスキーの瓶は既にかなり減っている。

「私は酒に強いからいいんだ」

大きな体で子どものような言い訳に、こちらもムキになる。

「私だって強いもん」

「お前は悪酔いするだろ。ああ、こら、大人しくしないか」

酒瓶を奪ってやろうとしたら、腰を捕えた腕に引き寄せられ、あっという間にエルヴィンの膝の上に座らされた。

「やだ、なに?はなしてよ」

そんなに力を入れているようには見えないのに、身を捩っても腕の囲いから抜け出せない。

「なまえ、聞き分けてくれ。酔い潰れた女を抱く趣味はないんだ」

「じゃあ抱かなきゃいいのよ」

腰を抱く手が熱い。
エルヴィンもそこそこアルコールが回っている。

「意地悪なことを言うじゃないか」

首筋に触れる鼻先がくすぐったい。

仕返しに彼の頬を摩った。
エルヴィンの男らしい頬骨の形が好きだ。

「どうして女は酔うとこうも色っぽくなるんだろうな」

「ふーん…」

独り言のような言葉に適当に返事して硬い胸板におでこを預ける。

皆チェスやお喋りに夢中で、寄り添う私達を誰も見ていない。

「なまえ、眠いならベッドへ行きなさい」

保護者ぶった台詞をどの口が言うのかと堪らず吹き出した。

「あはは!寝かさないくせに?」

大きくて真っ青な瞳がウイスキーの表面みたいにぬらりと光って、少しやり過ぎたことを悟る。

「…お前も言うようになったな」

「ん、」

お酒で湿った分厚い唇が重なる。
アルコールの匂いが鼻腔をついた。
舌が侵入してきたところで口の前に手を翳し待ったをかける。

「調子のりすぎ」

「酒が入ってるんだ、許せ」

都合の良い時ばかりお酒のせいにして、大人ってなんて嫌な生き物かしら。

いつの間にか私もその嫌な生き物に成り下がり、断続的な本能という名の欲をつまみ食いする。

日の下でだけ、公明正大、清廉潔白ぶって。

「エルヴィンの部屋、連れて行って」

襟元に縋って甘えてみせる。

「ああ、抜けてしまおうか。何だか悪巧みをしているみたいだな」

「そうよ。私達悪い子だもの」

「はは、そうか」

大人はきちんとした服を着て、ちゃんとした言葉を喋って、好き嫌いせずに何でも食べなきゃいけない。
これをしなさい、あれはいけません、みんなでがんばりましょう、とか言って。

それなのに一瞬の快楽を舐めて人間の正体を晒す悪い子。

今夜エルヴィン・スミスは私を抱いて、朝には何食わぬ顔で”エルヴィン団長”をする。

私も明日、体中に付いたキスマークなんてないふりをして書類にサインする。

エルヴィンはこれから骨が抜かれる筈の腰を一撫でして、軽々と私を抱え上げた。

わいわいとハンジ達が騒いでいる。
巨人の顔つきがどうだとか、何班の誰が可愛いとかありふれた話題が聞こえる。

こっそりと部屋を抜け出し廊下を進む。
段々小さくなる喧騒を聞きながら、嫌という程重ねる体にしがみついた。












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