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 朝がくるまで*

「や、あっ、どうして…だんちょう、っあ」

どうしてと、彼女はしきりに繰り返した。

君はそんなこともわからないのか。
何と愚かで愛おしいことか。

余程あの男を愛していたのだろう、
何度拭ってやっても溢れる目尻に口付けた。

今日の壁外調査で彼女と将来を誓い合った男が死んだ。
衣服の切れ端一つ持ち帰る事も出来ず、彼の居た班は全滅だった為、どんな死に方をしたかもわからない。

ただ明白なのは、私の命令によって命を落としたということだけだ。

「なまえ、私が憎いか?」

そう聞けば泣きはらした瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
濡れた硝子玉の奥に、ゆらゆらと憎悪の炎が燻っていた。

「そうだろうな…」

確かもうすぐ細やかに式を挙げると言っていたか。

調査兵を選んだ以上覚悟の上と言えど、白いドレスのはずが喪服を着ることになるとは、同情をする気は微塵も無いが哀れな女だ。

泣いたことで上気した頬に触れれば、怯えの色が見上げ、睫毛が震える。

それが無性に苛立つようであり、支配欲が満たされていくようでもあった。

私もつくづく歪んでいると自覚はあるが、歪みだらけのこの壁の中では別段珍しいこともない。

なあなまえ、あの男はお前をどんな風に抱いた。
もっと、もっとその声で啼いてみせろ。

「っ、ああっ、う、ど、して…あぁ」

身体が馴染んだのか、彼女の意思に反して媚びた声が漏れる。

喘ぎの隙間から、吐息に混じる掠れた音。その唇は確かに彼の名を紡いだ。

どろどろとした塊が体内で蠢くのを感じる。

今この状況を受け入れ難いからか、シーツばかりを眺め、健気に耐えるその仕草ですら、男は誘惑にしか映らないというのに。

顎を掴み無理矢理にこちらを向かせれば小さく悲鳴が上がった。

「なまえ、私はお前の婚約者ではない。お前の上司で、今お前を犯している男だ」

目を見て、ゆっくりと教え込む。

仕事柄絶望する人間はごまんと見てきているが、これ程までに綺麗に光を失う表情を出来る人間が彼女以外にいるだろうか。

そんな顔をするから私はお前を離さなくなるんだよ。

調査兵団に入ってくる兵士は少なからず闘志に燃えているか、巨人に対する憎しみに駆られている。

だがなまえはどちらでも無かった。

温室で育った娘のような曇りない眼と、花の咲く笑みを持ち、誰にでも心の底から優しく接する。

何処か場違いな姿勢は、何度壁外調査を経験しても変わることはなかった。

色で表すなら純白か透明。

思えば彼女と出会った時からその真白い画布に黒い汚れを滲ませてやりたいという願望があったのかもしれない。

「名前を呼んでくれなまえ」

「い、いや…」

睨めつけ、低音で脅せばなまえはわかりやすく頬を引きつらせた。

「呼べ」

「っ…!」

弱々しく首を振る様はまさに狼に喰われる前の羊だ。

ここまで来て尚強情なのには恐れ入るが、従わなければ結局のところ力比べになるという当たり前の結論も彼女には理解出来ていない。
深い哀しみに判断能力が鈍ってしまっているらしい。

男と女、どちらが優勢かなど言うまでもないだろうに余程痛い目を見たいのか。いや、それとも自暴自棄か。

ならばお前の望み通り壊してやろう。

日常を、体を、心を。

そうしてまた、明日から始めればいい。

誰が死のうと、誰に犯されようと、生きている限り未来は押し付けられる。

だから今は私に支配される恐怖だけに怯えていろ。朝が来れば、それは許されなくなる。

「っあ、やあぁ!は、うぅ、だんちょう、」

欲の赴くままの律動に、うねる壁が性器を締め付ける。
どくどくと血流も聞こえてきそうな熱に目眩がした。

ふいに白魚の指が二の腕に触れたかと思えば、針で突く軽い痛み。
皮膚に突き立てられた爪は、紅い痕を残して離れる。
つけられた印に満足している私は彼女と同じくらい愚かに違いない。

なまえを抱きすくめ深みを探れば悲鳴からいつしか変化していた甘い声が一際高くなる。

「っやは、ひあ、あーーっ!」

「…っ、」

全てを絞り出そうとする収縮に逆らわず、煮え繰り返る胎内に塊を吐き出した。

ずるり、と弛緩した四肢がシーツに沈む。
体力も哀しみも限界を迎えた身体は束の間の休息を得るために眠りに落ちた。

濡れた睫毛をなぞって、ようやく手に入れたと思った。
一時の安息が精神に満ちる。

意識を手放す直前の唇は、私の名前を呟いたからだ。












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